「Webの創成」からイマのWebを考える
システム本部 アソシエイト・フェロー 藤田 拓私がWeb業界に入った11年前、真っ先に読んだ本が「Webの創成 ― World Wide Webはいかにして生まれどこに向かうのか(原題:Weaving the Web)」でした。
この本はWebの父であり現在も W3C のディレクターとしてWebを育て続けている Tim Berners-Lee による初めての著書であり、1999年に出版されました。
「Webの創成」の前半にはWebの前身であり萌芽でもあるTim作のプログラムENQUIREからWebが人々にとってアタリマエのモノとなるまでの歴史が語られ、後半には今後の展望や願いが記されています。
数日前、私はこのコラムで何を書こうかと悩みつつ自宅の本棚を漁っていたのですが、その奥の方に青色の書籍「Webの創成」があるのが目に入り、何かのヒントになればと手に取って、久しぶりにページをめくり始めました。読み終えた後、受けた感銘と感嘆を数人の友達に共有せざるをえないくらいTimの先見性やビジョンに打たれました。
面白いことに、11年前に読んだ時には前半がスラスラ読めて後半の章においては理解するのに時間がかかり読むスピードが落ちたのですが、今読むと前半に時間がかかり、後半に入れば入るほどスムーズに読めました。このことは私が最初に「Webの創成」を読んだ2004年と現在の2015年とでWebが大きく変化したことも要因でしょう。つまり、後半に語られるTimのビジョンが今や身近になってきているから、と思えるのです。
日本語版は既に絶版となっている「Webの創成」ですが、本コラムではその内容をピックアップし、現在、そしてこれからのWebを考察していきたいと思います。
ユーザーデータとプライバシー
2015年現在、ADテクノロジーやMarketing Automation、パーソナライゼーション等のデジタルマーケティング技術が活発です。そこではユーザーの属性・行動データを活用し、個別やセグメント別の適切なエクスペリエンスによって効果的な関係を維持していくことを謳っています。現在では、匿名であることより、ある程度の非匿名な状態でのWeb利用のメリットも確かに増えてきています。
しかし、それらユーザーのデータが他に漏らされるとしたら非常に不愉快で危険なことでしょう。私たちは親しい友人やいきつけのお店であれば、自分のことや家族のことを共有し、より相互理解のある関係にしていきますが、もし、その情報を他にいいふらしたり、ましてや他に売られていたとしたら、その関係をなかったことにしたくなるかもしれません。
Timは「Webの創成」において「プライバシー」を独立した章として取り上げています。彼は人々が不必要に情報を公開しないことはWebにとってもその人たちにとってもデメリットとなることを述べつつ、人々がそういった懸念を持つことにも理解を示しています。Timとしては、問題はユーザーの属性・行動データを取得することというよりも、その属性・行動データの管理権にあると述べています。つまり、そのデータをどのように使っているかを知ることができる仕組みがあればよいのです。
Webサイトは、見る人が誰であるかによってカメレオンのように変化し、まるでその人のためだけに印刷されたパンフレットのようなものになり得る。たとえば、ある個人が選挙候補者や、毀誉褒貶の的になっている企業のWebページを訪問したとする。政治家ないし企業はその人の記録をすばやく確認して、その特定の人物の心を打つような適切な宣伝文句の組み合わせを提示することができる。そしてその人物が異論を唱えるかもしれない部分を臨機応変に隠してしまうのだ。これは効果的なターゲット・マーケティングだろうか、それとも詐欺だろうか。それは、私たちが何が起きているのかわかっているかどうか次第なのである。
Webの創成 第12章 プライバシー P180~181
W3Cでは P3P(Platform for Privacy Preferences) という規格を定めています。P3PはWebサイトの運営者がどのように個人情報を扱っているかを示すためのフォーマットです。ここ数年のユーザーデータ活用の活発さからみても、プライバシーポリシーの策定はもちろんですが、P3Pの記載や、その内容についての気づきをスムーズに行うためのビジュアライズ化についても需要が生まれるかもしれません。
ソーシャル・マシン:人と機械、そして、機械と機械
Webが普及して以来、多くの人がマシン、つまりWebサービス(機械)によるサービスを利用してきました。Google社の検索サービスはその最たるものでしょう。「何かを調べる・探す時にはGoogleにアクセスする」という行動が一般的になり、「ググる」という言葉が辞書に登録されたほどです。
このようにWeb上における人と機械の関係はごくアタリマエになりましたが、そのようなWebサービスを準備するためにはデータセンターを用意し、IPアドレスのあるサーバー環境を構築し、プログラム開発を行い、サービス開始後も死活監視を継続的に行いつつ、何かあったらメンテナンスをするというとてつもない大仕事が必要でした。
しかし、高機能で柔軟に保守可能なIaas/Paasが一般的になると、他のWebサービスからのデータを利用するWebサービスが爆発的に増えました。徐々にWebサービスは他のWebサービスと連携してその価値を高めるようになってきたのです。最近、海外のWebサービスのメニューにIntegrationsという項目があるのが目につきます。この項目は「こんな他のサービスとWebAPIやWebhookを利用して連携することで機能拡張を行うことができますよ。」というメニューです。中にはWebサービスを繋ぐためだけに特化したWebサービスも生まれてきました。 Zapier はなんと400以上ものWebサービスのIntegrationの橋渡しをしてくれます。
また、ここ最近ではM2M(Machine to Machine)やIoT(Internet of Things)というキーワードが盛んです。もはや冷蔵庫や電子レンジといった家電がインターネットに繋がることも珍しくないのです。
「Webの創成」では「マシンとWeb」という章を設け、機械との可能性を述べています。そこには RDF(Resource Description Framework) により実現するWeb of Data、Sematic Webについて、そして機械による推論可能なシステムについて語られています。
最近のトピックスと照らし合わせると、RDFはLOD(Linked Open Data)を実現する手段の一つとして捉えてみると解りやすいかもしれません。現在のWebには多くのHTML文書が存在しますが、その多くのリンク関係は文書へのリンクでしかありません。ですが、LODではRDFによりどんなデータかの記述と合わせてデータへのリンクを記載します。このことにより、外部の機械が処理しやすくなり、更なるデータの効率的な活用を期待できます。
しかし、RDFはHTMLのように人にわかりやすい文書ではないため、一般的な人が自主的に書くとは考えにくく、そもそも「RDFのフォーマットで誰が書いてくれるのか?」という悩みがあります。その一つの解決策として、HTMLにどんなデータかを記述する Microformat , Microdata , RDFa , そして JSON-LD が生まれました。幸いなことにGoogleや Bing はこれらのHTML拡張を検索処理に取り入れ、利用の推奨もしています。このことにより、検索エンジンの力学に従う多くのWeb運営者は徐々にMicrofomatsやMicrodata等を採用してくれるかもしれません。
現在における機械同士のデータ処理はTimが「Webの創成」で思い描いたものと完全な合致をみているわけではありませんが、先に上げたWebAPI、そして機械学習やDMP(Data Management Platform)といった技術トレンドをみても、インターネットやWebにおける機械連携は今後増大していくでしょう。その先において、TimのいうSemantic Webが何らかの形で実現するのかもしれません。
アクセスできないデータは存在しないのと一緒
久しぶりに読んで痛快だったのが下記のフレーズでした。
今日コンソーシアムの会議では、URIを提示しない限りいかなる文書についても言及することができない。私たちの方針は「Web上になければ存在しない」であり、新しい考えが提示されたときには「チーム・スペースに貼り付けとけ!」という叫び声がよく耳にされる。
Webの創成 第12章 思考をつなぐ P201
TimがTEDの「 The next web 」で語っているように、Webが始まった頃の願いは「このウェブっていうのにみんなの文書を置いてください」でした。多くの企業や個人、政府、団体がWebサイトを持ち、自分たちの情報をアップしている今、この願いは現実のものとなっています。そして今は次の段階です。TimはTEDのプレゼンで「RAW DATA NOW!(生のデータを出せ!)」と叫んでいます。データの抱え込みをやめ、皆がデータをWeb上に共有することでもっと素敵なことになると訴えているのです。
私は東日本大震災の時にこのことを痛感しました。政府からWeb文書による情報は流れてきましたが、RAW DATAが圧倒的に足りなかったのです。例えば画像の表やグラフが上がっていても、そのデータの再利用や再処理はもちろんのこと、検索エンジンさえそのデータを有用なものとして取得することができません。このことは情報の流動性や発展性を大きく阻害していたと私は感じました。
このことが引き金になったのか、総務省は平成24年(2012年)に「オープンデータ戦略の推進」を掲げ、平成25年(2013年)にはデータカタログサイトDATA.go.jpを立ち上げました。USにおいては2009年に Data.gov が立ち上がっているのでかなりの後発感はありますが、日本も徐々にオープンデータ活動が広まっています。
以上のことを考えると、「Web上にあってもアクセスできないデータは存在しないのと一緒」といえるのではないでしょうか?オープンデータ活動によるRAW DATAのWebへのアップはその解決策の一つではあります。
しかし、ここであらためてHTML文書に立ち返る部分も必要と私は考えます。なぜなら今なお、検索エンジンやソーシャルメディアから着地する多くのリンク先はHTML文書だからです。そのHTMLにおけるデータに、人や機械がアクセシブルであることは非常に重要だと私は感じます。つまり、「Web上にHTML文書を上げていても、そのHTML文書内のデータにアクセスできないのであればそのデータは存在しないのと一緒」なのです。この点においても、Webアクセシビリティは大きな可能性を秘めています。Machine Readable(機械が読める)であることは、Webアクセシビリティにおいて一つの重要なポイントであることからもThe next web(次なるWeb)との親和性を感じることでしょう。
おわりに:よりダイナミックなWebへ
「Webの創成」を読んでいると書籍の至る所に、Timが切望しているにもかかわらず実現しづらい「とあること」がでてきます。
ブラウザが普及し始めたにもかかわらず、ブラウザをつくろうとしている人たちは誰一人として書き込みや編集の機能を組み込もうとしなかった。
Webの創成 第5章 地球大の世界へ P78
そしていつものようにMosaicをエディタとしても使えるようにしてくれないかと求めた。マークとエリックはその可能性も考慮したのだが、不可能という結論に達したと説明した。成功しなかったのだ。私にはそれは不思議だった。
Webの創成 第6章 ブラウジング P95~96
AOLpressなど、こういったタイプのブラウザ兼エディタがいくつかつくられているが、現在はどれも商品としてサポートされてはいない。(中略)開発者たちがイメージをつかめないのだろうか。どうして、長年にわたる布教や仕様の記述や奨励がほとんど何の成果も生み出していないのだろうか。
Webの創成 第12章 思考をつなぐ P207~208
これが可能になるためには、各個人がブラウズしながらリンクをつくらなければならないので、文章を書くこととリンクをつくること、そしてブラウズすることのすべてが完全に統合されていなければならない。
Webの創成 第14章 Webの創成 P246
以上の引用をみていただいておわかりのようにTimが切望している「とあること」とはWebを編集できるブラウザです。Timは最終章である第14章においても「編集できること」を求めています。Webは見るだけでなく、編集可能なダイナミックなメディア/データソースであるとTimは考えています。そのことをふまえると、コーポレートサイトでありがちな、「ローンチしたらほとんどそのまま」という状態はWebの可能性を著しく狭めているといえるのではないでしょうか。
ミツエーリンクスでは2015年から運用ファーストというキーワードをスローガンに掲げています。このキーワードはTimの「編集できるブラウザ」の背景にある「完成途上のWebデータを共同作業で発展させる」という考えにも通じると私は考えます。Webサイトはローンチした後、はじめてユーザーと接します。そのユーザーがそのWebサイトに何を求めるのか、そしてそのギャップを推し量ることができるのもローンチ後です。
今後、企業のWebサイトがユーザーによって編集できるようになるとは考えづらいですが、ユーザーのニーズ・ウォンツに合わせて迅速にサイト修正を行うことについては、これまで以上にご要望をいただくようになってきました。私としては、運用ファーストのキーワードの下、ユーザー行動の定量・定性データから迅速に変更運用が可能となる制作・開発体制やCMSソリューションを推し進めたいと考えています。
そのためにも、ユーザーのプライバシーをどう扱い、どの点でユーザーの利益・不利益となるのかを明確にする必要があります。かつ、その内容をわかりやすくユーザーに表現することも今後は重要になってくるでしょう。そして、的確な解析や運用を可能にするためには、様々な外部の機械(Webサービスやブラウザ)が理解しやすいWebサイト設計・構築をする必要があります。
今後も人や機械にとってアクセシブルな設計をベースに、お客様のWebサイトの価値を増大できるような運用支援の実現を目指したいと思います。
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