「CSUN 2018 参加報告セミナー」のフォローアップ 第二弾
エグゼクティブ・フェロー 木達第一弾に引き続き、4月24日に開催しましたCSUN 2018 参加報告セミナーのフォローアップをお届けします。第二弾では、パネルディスカッションの内容をご紹介します(思いのほか長文の記事になりましたので、アンケートの集計結果のご紹介については記事を改めます)。
パネルディスカッション
パネルディスカッションは、あらかじめ用意したキーワードごとに登壇者全員でフリートークを行う方式で、私が進行役を務めました。
WCAG
前半の各セッション報告で触れられた、W3C/WAIの策定するガイドライン、Web Content Accessibility Guidelines(WCAG)が最初のキーワードでした。WCAG 2.1の勧告に向け何か準備をしていますか? との問いかけから、ディスカッションをスタートしました。
- 米国市場向けにモバイルアプリの開発を進めており、モバイルへの配慮を含むWCAG 2.1については社内で情報共有している(小林氏)
- 会社としてはまだ準備していないが、個人的にCA11yの「WCAGもくもく会」に参加したことがある(秋山氏)
- WCAG 2.1の策定に携わってきたが、CSUN会場で関係者と対面で話すことができて良かった。現在、2.1の解説書の作成が進んでおり、具体的に良い例・悪い例を画像なども使って取り上げているのは良い方向性だが、こなれるまではもうしばらく時間がかかる(植木氏)
- WCAG 2.1勧告後にはアクセシビリティ標準対応を拡充すべく検討を進めている(木達)
また、2.xと並行して検討されているガイドライン「Silver」について、果たして将来勧告されるだろうか? との疑問を植木氏に投げかけたところ、2.1の勧告後には(Silverより前に)2.2を勧告することになるのでは、とコメント。また、2.1が勧告されたからといってJIS X 8341-3がそれに追随することにはならない、いたちごっこを避けるためにも慎重な判断が必要との見解を示しました。
モバイル
モバイルアプリを開発している小林氏は、WCAG 2.1で新たにモバイルへの対応が含まれることに触れ、CSUN全体を通じモバイルに関する紹介が多く、注目が高まっている印象を受けたとのことです。
- モバイルアプリのアクセシビリティチェックについては、あらゆる項目を網羅的にチェックするのではなく、ある程度項目を絞り込んでチェックするようにしており、将来的に2.1が勧告されたらそこからチェック項目を追加するかもしれない(小林氏)
- モバイルについては、トリッキーな実装をしない限り特別に分けて考えなくても良いし、むしろ分けて考えないほうが良いのでは(秋山氏)
- WCAG 2.1が勧告されたからといってすぐに飛びつく必要性はないが、部分的にでも取り組める部分があれば、取り組むのはアリ(植木氏)
私も、セミナー前半のセッション報告でモバイルに関するセッションを取り上げたように、モバイルは今年のCSUNで目立ったキーワードの一つだったように思いました。そのうえで、モバイルがWCAGに取り込まれることによってますます、アクセシビリティ対応が障害者や高齢者のためだけではなく、より多くのユーザーや利用状況をカバーするために必要な品質であることへの理解が浸透することへの期待をお話ししました。
テスト
秋山氏の参加したセッションでは、ユーザーテストにしろツールを使ったテストにしろ、テストという単語が比較的よく使われていたそうです。そこから、各社でどのようにテストしているかというお話になりました。
- ミツエーリンクスでは、大まかにいってWCAG 2.0のレベルAについては品質管理部、レベルAA以上についてはアクセシビリティ部がテストしている(木達)
- コンセントでは案件ごとに要求レベルが異なるので、個別にチェックリストを作成しそれに則ってテストしている(秋山氏)
- サイボウズでは、基本的にはプロダクト別で品質保証を行っているものの、性能検証やセキュリティ検証は横断的に行っている(小林氏)
植木氏は、取り組みの規模が大きくなればなるほどツールが不可欠と語り、日本がツール開発で後れをとっていることをCSUNでは強く感じるとのこと。法制化の進む海外、特にアメリカでは企業サイトへの提訴が増えるなどプレッシャーが強まっており、そうした状況を背景としてどんどんツールが出てきています。植木氏は、これから数年は切磋琢磨が続き価格もこなれることが期待できるいっぽう、ほとんどのツールは日本語化されておらず、差がつくだろうともコメントしました。
VPAT
VPATというキーワードは、秋山氏の選択。米国リハビリテーション法508条に対応する際に使われるもので、割と昔から存在しているものですが、昨年からWCAG 2.0が取り込まれたことを紹介。基本的には調達担当者が参照するものであり、マイクロソフトやアマゾン、アップルのVPATは検索すれば見ることができると説明しました。
植木氏はVPATをソフトウェアやハードウェアの公共調達において使われる自己申告書と表現。また小林氏はサイボウズでVPATを作っていますか? との問いに対し、まだプロダクトマネージャーに働きかける段階とコメント。それを受けて植木氏は、もし仮に連邦政府機関にアプリを納入しようと思うなら、VPATを作らないと選択肢にもあがらないと述べました。
ゲーム
CSUNが開催される少し前に公開された、アクセシビリティ対応への挑戦 〜 PlayStation®をみんなの「最高の遊び場」に〜という動画を見ながらのトークとなりました。
キーワードに「ゲーム」を選んだ小林氏は、日本では娯楽のアクセシビリティはあまり取りざたされていない気がするが、海外は一般的なのが印象的だったと語りました。植木氏は昨年からゲームについてのセッションが増えていたことに言及。また今年の展示エリアでソニーのPlayStationやマイクロソフトのXboxが紹介されていたことを紹介され、海外で対応が進んだ結果として日本語でも同じアクセシブルなインターフェースが利用できるのは良い流れ、とコメントしました。
私からは、アミューズメント分野でこそアクセシビリティの成功事例が増えて欲しいし、それによってアクセシブルに製品やサービスを開発することの経済合理性が訴求され、ゲームやWebに限らずさまざまな分野で一層アクセシビリティの確保が進むことへの期待をお話ししました。
インクルーシブデザイン
植木氏は、一年ほど前から「アクセシビリティ」より「インクルーシブデザイン」という言葉が使われるようになったと感じているそうです。そしてその言葉は、今年のCSUNのセッションでもよく登場したそうですが、複数の異なる意味合いで使われているのだとか。障害者や高齢者を初期から巻き込み設計や検証を行うことが元々のニュアンスでしたが、ガイドラインにある基準を超越してユーザーニーズを満たす、というニュアンスにも使われるとのこと。それはつまり、障害者のためというイメージを「上書き」し、アクセシビリティ対応が障害者以外の方にもメリットがあることを強調するニュアンスである、と語りました。
秋山氏は個人的には「アクセシビリティ」という言葉のほうが馴染みがあるものの、昨年よりは確実に「インクルーシブデザイン」を耳にする機会は多かった、と述べました。また小林氏は、アメリカではアクセシビリティ対応が法律によって求められているのがCSUNのセッションからも街中からも感じられ、アクセシビリティ対応にそういった法制化への対応というイメージが強く紐づいているのは理解できる、とコメントしました。
今年のアクセシビリティ動向
ひととおり各キーワードについて語り合った後で、まとめに代えて2018年のアクセシビリティ動向として一言ずつ登壇者の皆さんからコメントをいただきました。
まず植木氏は、WCAG 2.1への対応は慌てず、じっくり見極めてから、とコメント。秋山氏はテストをあげ、対応できているかいないかわからないのは問題である、と述べました。小林氏はモバイルに言及、モバイル向けのWebアプリのアクセシビリティ対応は今後盛り上がるのでは、と語りました。
最後に私からは、WCAG 2.1も気になるものの秋山氏同様、テストが大事になるとコメントしました。アクセシビリティに取り組むこと自体はだいぶ広まってきましたが、取り組み始めて課題になるのが、アクセシビリティをどう検証するかであり、今年はどのようなツールを使ってどうテストするかにフォーカスが当たるのではないか......とお話ししました。
質疑応答
会場のお二人からご質問をいただきました。
お一人目は、ヨーロッパでの動向について質問いただきました。Webアクセシビリティの法制化がヨーロッパでも進んでいるようだが、CSUNもしくはアクセシビリティ業界で話題になったか? とのご質問をいただきました。植木氏は、WCAG 2.1をヨーロッパの公的機関向けの調達基準に取り入れる話は聞いているが、一般企業についてはそれほど差し迫った状況にはない、とコメント。とはいえ、何も取り組まないではリスクがあるので、できることから何かしら取り組むべきとの意見が、ヨーロッパからの参加者より聞かれたそうです。
お二人目は、WCAG 2.1の達成基準について質問いただきました。過去の草案においては存在していた、発達障害に関する達成基準が無くなっているようだが、それはなぜか? 削除をめぐってW3C/WAIではどのような議論があったか? とのご質問をいただきました。植木氏は、WCAGの達成基準が検証可能(テスタブル)であることを前提としているとし、認知障害や学習障害についてはその特性上、明確な基準なり線引きを設けづらいことを説明しました。しかし同時に、スケジュールありきで策定されてきた2.1で採用を見送られたからといって、その達成基準が未来永劫扱われないわけではなく、改めて検討のうえ検証可能な基準を見つけようという話になっている、と解説しました。