COVID-19から考える手話のあれこれ
アクセシビリティ・エンジニア 中村(直)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって世の中のありかたが大きく揺らいでいるわけですが、そんな中、情報保障の観点からにわかに手話に関する話題が聞こえてきます。
コメディアンの志村けんさんがCOVID-19による肺炎により先月末に亡くなられたのは記憶に新しく、著名人であったこともあり、驚きと共に受け止められた方も多かったと思います。
今月になって、志村さんのテレビ番組がYouTubeで公開されたことでも話題となっていますが、訃報が伝えられた折にNHK手話ニュースで「アイーン」のポーズがされたとネットでちょっとした話題になっていました。
「アイーン」は手話で「志村けん」の意味? 「NHK手話ニュース」でやっていた: J-CAST トレンド
また、都府県知事の会見の際の手話通訳が注目され、ニュースにもなっています。
知事会見に手話通訳導入相次ぐ 新型コロナ情報「誰もが同時に受け取れるよう」 - 毎日新聞
感染症がきっかけで手話が脚光を浴びるということに様々な意見はあるでしょうが、前述の毎日新聞の記事では、
ある聴覚障害者は「手話が『母語』である聴覚障害者には、文字おこしされた文章や文字情報を正確に理解することが苦手な人もいる。今回の事態を機に、手話通訳の必要性を正しく理解してほしい」と話す。
とあります。これは一体どういうことなのでしょうか。
手話の位置づけについては、2017年に日本学術会議が提言した音声言語及び手話言語の多様性の保存・活用とそのための環境整備に次のような記載があります。
「手話言語」とは、聴覚に障害のある人が中心となって使用する言語のことである。日本では、自然言語として生まれた「日本手話」と、日本語の語順にしたがって手話の語の一部を並べた「手指日本語(しゅしにほんご)」(「日本語対応手話」、「シムコム」[SimCom, simultaneous communication の略]と呼ばれることもある)が主に使用されている。このうち日本手話は音声言語の日本語とは全く異なる言語であって、子どもが最初に獲得する言語であり、聴覚に障害のある人にとっての第一義的な存在である。
(中略)
一方、日本語を話しながら手話単語を並べる手指日本語は、音声言語としての日本語を手と指で表現したものであって、語順や文法は音声日本語に依拠している。その点で、手指日本語は「音声日本語」の一種であって、「手話言語」ではない。音声日本語を母語として獲得した後に聴覚障害となった中途失聴者や、手話を母語とせずに口話法(音声言語の発声を訓練し、音声言語によって意思交換を行う方法)により音声日本語を身に付けた人が手指日本語を日常的に用いることが多く、テレビ放送で使われるのも多くは手指日本語である。
このように学術会議の提言では手話を2つにわけている一方で、当事者団体である全日本ろうあ連盟では手話言語に関する見解という文書を2018年に公開しています。
近年「手話言語」に関し、「日本手話、日本語対応手話」の考え方を含めた様々な意見が出されていますが、国内で慣例として使用されている「日本手話」のほかに「日本語対応手話」という用語を使用して、日本語対応手話の表現例との比較によって日本手話を狭く解釈し、日本では手話は二つあると説明する例がいくつか見られます。 そこで、全日本ろうあ連盟ではろう者の第一言語である「手話言語」について正しい認識を広めたく、「手話言語に関する見解」を公表いたしました。
学術会議の提言のようにわけることは当事者としては本意ではないようです。
大切なことは、「手話」が私たちろう者が自らの道を切り拓いてきた「生きる力」そのものであり、「命」であることです。その手話を「日本手話」、「日本語対応手話」と分け、そのことにより聞こえない人や聞こえにくい人、手話通訳者を含めた聞こえる人を分け隔てることがあってはなりません。手話を第一言語として生活しているろう者、手話を獲得・習得しようとしている聞こえない人や聞こえにくい人、手話を使う聞こえる人など、それぞれが使う手話は様々ですが、まず、それら全てが手話であり、音声言語である日本語と同じように一つの言語であることを共通理解としていきましょう。
当事者と学術界で見解が異なるように見えるのは何とも困った状況ではありますが、ともあれ前述のNHK手話ニュースや知事の会見で使われている手話が、ろう者にとっては重要な情報源であることには違いありません。そして、手話に対する世間一般での理解がまだまだなされていないというのが実情かと思います。恥ずかしながら、筆者も調べながら手話に関する知識を得ているのが本当のところです。
そのような状況ですので、手話の理解と普及には、手話の法律の整備が必要というところで両者の見解が一致しています。これに関しては、ろうあ連盟の手話言語法制定推進事業に情報がまとまっていますので、あわせて参照してはいかがでしょうか。
さて、英語の技術的な情報源を読むに当たって、機械翻訳を用いて日本語で読んでみるという方もいると思います。同じような発想で、日本語から機械的に手話を生成できないものかと考えるのは自然な流れかと思います。
実際にNHK放送技術研究所では、そのような研究が行われているようです。
この研究は工学院大学との共同研究とありますが、科研費データベースでは、多用途型日本手話言語データベース構築に関する研究にて研究成果を閲覧することができます。研究の紹介が記載されている論文の中身については、COVID-19の影響で図書館が利用できないために確認が難しいですが、リンク先に掲げられている概要や推進方策には、Unityや.NetFrameworkといった動画に関連する技術であったり、アノテーションとしてのJSONであったりと、聞き覚えのある単語が目に付きます。
ややとりとめのない文章になってしまいましたが、最後に、WCAG 2.1では達成基準 1.2.6 手話(収録済)(レベル AAA)として記載されているものであります。レベルAAAだけあって、一般のWebサイトではめったに手話を含んだコンテンツを目にすることがないというのが残念ながら実情かと思います。先に挙げた法律の制定、また研究の進展や技術の発展により、Webでも手話に触れる機会が増えることを願って、締めとしたいと思います。