日本視覚障害者ICTネットワークによる支援技術利用状況調査報告書
アクセシビリティ・エンジニア 中村(直)今月9日に、日本視覚障害者ICTネットワーク (JBICT.Net)による第1回支援技術利用状況調査報告書が公開されました。
日本において、もっぱら視覚に障害がある人を対象に、どのような環境でWebを見ているのか?がわかる最新の調査結果と言え、この調査結果だけでも大変興味深いものであります。
本記事では比較対象として、この手の日本の調査として新潟大学の渡辺先生が中心に継続的に行われている調査で、最新のものである視覚障害者のICT機器利用状況調査2017、グローバルを対象にして定期的に調査を行っているWebAIMの調査で、今年の結果であるScreen Reader User Survey #9 Results(WebAIMが9回目のスクリーンリーダー調査の結果を公開もあわせて参照ください)と、必要に応じて2017年の結果であるScreen Reader User Survey #7 Resultsを取り上げつつ、調査結果について簡単に見ていきたいと思います。
以下わかりやすさのため、各調査については「第1回支援技術利用状況調査報告書」をJBICT.Net、「視覚障害者のICT機器利用状況調査2017」を新潟大、「Screen Reader User Survey #9 Results」をWebAIM(「Screen Reader User Survey #7 Results」も参照するときはWebAIM 2017などと年を付けて区別)とそれぞれ呼ぶことにします。
調査規模
有効回答数はそれぞれ次のとおりです。
調査 | 回答数 |
---|---|
JBICT.Net | 336 |
新潟大 | 303 |
WebAIM | 1568 |
JBICT.Netの調査は、新潟大のものと同規模のものと言って差し支えない回答者数になっています。月並みな言葉ではありますが、すごいですね。
年齢構成
JBICT.Netや新潟大の年齢区分が20代、30代…というような区分になっているのに対し、WebAIMの区分が20歳以下、21~40歳、41歳~60歳、61歳以上という区分になっているため厳密な比較にはなりませんが、そこに目を瞑って大まかに年齢構成を比較すると以下のようになります。
調査 | 19歳以下 | 20代+30代 | 40代+50代 | 60代以上 |
---|---|---|---|---|
JBICT.net | 2% | 25% | 51% | 21% |
新潟大 | 3% | 25% | 47% | 25% |
WebAIM | 7% | 38% | 31% | 23% |
JBICT.netの年齢構成は、新潟大のものと大きな違いがないものになっています。日本の調査は40代+50代が多いのが特徴と言えます。
PCで使用するスクリーンリーダー
調査 | PC-Talker | NVDA | JAWS |
---|---|---|---|
JBICT.Net | 84.9% | 55.9% | 16.4% |
新潟大 | 89.6% | 23.7% | 14.1% |
2021年のJBICT.Netと2017年の新潟大を比較すると、NVDAの利用率が倍増してます。
なお、上記の表には記載していませんがナレーターと回答している人がJBICT.Netでは35.2%にも上っているのは特筆すべき点でしょう。なお、新潟大の調査ではナレーターはスクリーンリーダーとしてカウントされていません。また、ユーザーは3人にすぎなかったと報告されています。いずれにせよNVDA以上に利用率が伸びていることになります。
一方WebAIMでは、2021年の9回目とあわせて、2017年に行われた7回目もあわせてみてみますと、
調査 | JAWS | NVDA | ナレーター |
---|---|---|---|
WebAIM 2021 | 70.0% | 58.8% | 36.8% |
WebAIM 2017 | 66.0% | 64.9% | 21.4% |
という結果になっています。日本は言うまでもなく日本語環境であるため、PC-TalkerやJAWSというものが単純比較できないわけですが、JAWSやNVDAがほぼ横ばいの利用率になっているのに対して、ナレーターの利用率が上昇しています。NVDAやナレーターに注目すれば、JBICT.Netの結果はWebAIMの利用率にかなり近いものになっていると言うことができます。
PCで使用するブラウザー
ざっくりとブラウザーのシェアを並べてみます。まずは日本から。比較のためにstatcounterからのデスクトップブラウザーシェアも掲載しておきます。
ブラウザー | 新潟大 2017 | JBICT.net 2021 |
---|---|---|
Chrome | 4.0% | 29.0% |
Firefox | 9.5% | 5.3% |
IE | 55.7% | 12.0% |
Safari | 4.3% | 2.5% |
Edge | - | 6.5% |
NetReader | 60.8% | 42.0% |
ブラウザー | 2017-07 JP | 2021-07 JP |
---|---|---|
Chrome | 42.2% | 61.4% |
Firefox | 16.7% | 6.5% |
IE | 25.4% | 4.5% |
Safari | 7.1% | 8.8% |
Edge | 5.9% | 16.0% |
続いて世界について。
ブラウザー | WebAIM 2017 | WebAIM 2021 |
---|---|---|
Chrome | 15.5% | 53.6% |
Firefox | 41.0% | 16.5% |
IE | 31.4% | 3.3% |
Safari | 10.5% | 5.1% |
Edge | 0.5% | 18.4% |
Other | 1.3% | 3.0% |
ブラウザー | 2017-07 Grobal | 2021-07 Grobal |
---|---|---|
Chrome | 63.5% | 68.5% |
Firefox | 13.8% | 7.6% |
IE | 9.0% | 1.4% |
Safari | 5.0% | 9.5% |
Edge | 4.0% | 8.2% |
NetReaderという日本独特の閲覧環境は脇に置いて、支援技術ユーザーのブラウザーの傾向としては、新潟大とJBICT.net、WebAIMの2017/2021ともに、2017年ではIEがかなりのシェアを占めていたものの、2021年では相当のシェアを落としています。支援技術のユーザーか否かにかかわらず、こうして数値を見るとChromeの躍進は凄まじいものがあります。また、Edgeについても一定シェアが見られ、IEを置き換える一翼を担っているように見えます。なお、本記事ではEdge Legacyと現在のEdgeを一括りにしてEdgeとしています。
Microsoftが伝えているように、IEデスクトップアプリは2022年6月15日にサポートが終了します。Webサイトでサービスを提供する側は、支援技術を利用しているか否かにかかわらず、PCでIEを利用しない環境に移行してもらうように促していくことになるのかなと思います。
モバイルのプラットフォーム
調査 | iOS系 | Android |
---|---|---|
JBICT.net | 76.4%~94.8% | 2.0%~20.3% |
新潟大 | 88.2% | 8.7% |
WebAIM | 71.9% | 25.8% |
JBICT.netの結果はiPhoneとAndroid両方という回答があったため、ここでは幅として表記しました。iPhone(iOS系)が優勢なのは傾向として変化していないようです。StatCounterの結果は表として記載しませんが、世界全体ではAndroidがシェアとして優勢なのに対し、日本はiPhoneが優勢なのは知られた話ですが、支援技術ユーザー対象ですと、地域問わずiPhone優勢になるのは改めて興味深いところです。
まとめ
日本のPCでのスクリーンリーダーの利用率として、PC-Talkerが不動の一位であることを再確認できたわけですが、その一方で、ナレーターやNVDAを挙げるユーザーが相当数にのぼっているのは注目すべきポイントでしょう。
Windows環境でWebサイトの開発をすることを考えると、無料で入手できるNVDAでの検証が真っ先に思い浮かぶところですが、NVDAですと実ユーザー数が少ないために開発環境と乖離しているのではないかという懸念が付きまとってきました。一定のユーザーが相当数いるということであれば、実ユーザー環境と同じ環境でサイトを見ていることになるわけですから、この使用率は開発側としてはある種の安心感を得ることができたのではないかと思います(もっともPC-Talkerについても、2019年末からクリエイター版 PC-Talker Neo Plusが入手できる状況にはなっていますが)。
支援技術ユーザーのモバイル環境については、iPhoneが優位なのは変わらずの傾向でした。VoiceOverさえオンにすれば実ユーザーと同じスクリーンリーダー環境になるのはモバイルならではと言えるでしょう。
ユーザーの閲覧環境は時間とともに移り変わっていくわけですが、それはそれとしてWeb制作としては、WCAG 2.0/2.1だけでなく、HTML StandardやWAI-ARIAなどのWeb標準に沿った品質の高いWebサイトを作っていくことで、スクリーンリーダー等(この記事では取り上げていませんが、支援技術として点字デバイスも存在します)の支援技術のユーザーにも情報が伝わるWebサイトというものが引き続き求められていくのではないかと考える次第です。