完璧さではなく進捗を
「企業のデジタルコミュニケーション担当者にとって、ESGに関連する多くの問題は単純に制御できません。しかし、それについて、どのように伝えるかは制御できます」
(この記事は、 Bowen Craggs社のWebサイト「Our Thinking」において、2024年5月16日に公開された記事「Progress not perfection」の日本語訳です)
これは、New Yorkで開催された「2024 Conference Board Corporate Communications Conference」で、アメリカの大手食品メーカーMarsのサステナビリティ・コミュニケーション・エンゲージメント担当ディレクターであるDan Strechay氏が、グリーンハッシング※に関する洞察として共有したメッセージです。
- ※グリーンハッシング(green-hushing)とは、企業が自身の環境への取り組みについて公表を控えることです。
最近はESGに対する反発のおかげで、環境やサステナビリティの取り組みに関する情報発信をやめてしまう企業もあります。そして、情報発信を続けている企業に対しては、目標達成やマイルストーン到達といった、成功事例のみを共有するよう求める圧力が高まっています。その結果、企業Webサイトのサステナビリティに関するカテゴリーが、長いハイライトリールのようになり、信憑性が薄くなっています。
Bowen Craggsの調査によると、さまざまな主要ステークホルダー・グループが、企業が環境や社会への影響を伝える場合には、完璧さより透明性を求めるようになっています。それは、たとえこれまでの経過が、お世辞にも100%良いとはいえないとしても、です。
完全な情報ではなく進捗を伝えることは、リスクを伴うように思えるかもしれません。しかし、こうすることには多くの利点があります。
- まず、マイルストーンに向けた進捗状況を伝えることで、企業のデジタルチームは同じメッセージをさまざまな方法で伝える機会が得られます。そうすることで、時間の経過とともにインパクトが増し、メッセージが実際に理解される可能性が高まります。先に挙げたMarsは、その一例です。同社は、特にLinkedInへの頻繁な投稿という形で、「常時稼働」のストーリーテリングを実施しています。そうすることで、サステナビリティに関する最新情報を、一口サイズの魅力的な形式で伝えています。同社はまた、持続可能な漁業に関する記事のように、本文の途中で過去に掲載した関連記事へのリンクを設置しつつ、目標達成に向けた次のステップを示す記事を掲載しています。Dan Strechay氏が主張するように、このアプローチは「誰も読まない100ページのサステナビリティレポート」よりも優れています。
- ただ、SNSを頻繁に更新するだけでは不十分です。Bowen Craggsによる訪問者調査のデータによると、企業Webサイトを訪問した7人に1人が、サステナビリティ関連情報を閲覧しています。そして、訪問者はサッと読むだけではなく、コンテンツに深く入り込んでいます。同調査によると、Webサイトの全コンテンツの平均セッション時間は1分49秒でしたが、サステナビリティのカテゴリーページやそれに関する情報の場合、平均セッション時間は6分30秒でした。企業Webサイトのサステナビリティに関するカテゴリーを、可能な限り魅力的で有益なものにすることは、それだけの価値があるということです。
- さらに、Bowen Craggsが最近行った、次世代のステークホルダーが企業のWebサイトに何を求めているかに関する調査では、多くの求職者が応募する仕事を選ぶ際に、企業のサステナビリティに関連する取り組みを考慮に入れていることがわかりました。
- 最後に、環境・社会の専門家や、アナリストなど専門的な閲覧者たちは、企業の透明性を可能な限り重視しています。最近実施したBowen Craggs Roundtableという情報交換イベントで、ある好業績企業のデジタルチームの担当者が次のように話していました。「たとえ環境・社会の専門家やアナリストが、その企業に好意的でなかったとしても、企業はデータを提供すればするほど良いです。少なくとも、透明性という点では好印象を得られます」。
Bowen Craggsの提案
では、どうすれば良いのでしょうか?
解決策の1つに、環境・社会に関する目標の対応状況を、より明確かつ透明に伝えることが挙げられます。目標とそれに対する長年の取り組み、会社が軌道に乗っているかどうかを明確に示すHTMLの表を用意することが、重要な基準となるでしょう。Bowen Craggsが集計したランキングの上位企業は、このデータをHTML・PDF・Excelシートで提供している上、他社よりもはるかに詳しく説明しています。アメリカの食品大手Mondelezは、データをHTML・PDF・Excelの形式で提供することにより、これをうまく実現している企業のベストプラクティスです。
目標に向けた進捗状況を伝えるには、イギリスのエネルギー大手Shellが「私たちの前進を後押しする行動」カテゴリーで実践しているように、気候変動のような抽象的な概念に、人間の視点を持たせるケーススタディの形を取ることもできます。
デジタルチームのメンバーに、これまでの仕事について話してもらうことも、サステナビリティの進捗状況を伝える効果的な方法です。メンバーを紹介することで、社内の全員が最新情報を把握でき、社内での評価にも役立ちます。
あるESGアナリストは、Bowen Craggsのインタビューで次のように語っています。「重要なことは、現状を認め、前進に向けた信頼できる道筋を示すことです。計画している行動は何か、それを具体的に示す必要があります。企業は毎年、進歩を示す必要があります」。イギリスの保険会社Avivaの年次男女賃金格差レポートは、企業の透明性の模範となる好例です。同社は、取り組むべき課題はあるものの、進歩は可能であることを認めています。
しかし、いつものように、サステナビリティに関するコンテンツが多すぎたり、多くのチャネルで重複したりすることには注意が必要です。そうしないと、すべてを最新の状態に保つことが難しくなりますし、訪問者が必要なコンテンツや情報を探しにくくなるからです。先日のRoundtableで、Bowen Craggs Indexの上位ランク企業のデジタル担当者が語った言葉を借りれば、「コンテンツが多すぎると、別の最も重要な方針・実績・情報が目立たなくなってしまう」のです。
もうひとつのリスクは、企業によっては、何らかの目標未達成や取り組み失敗を認めることは、不必要な批判を招くとみなされ、法的な影響が出る可能性があることです。ただ、公開したデータと従業員のストーリーや体験談から始めるのは、良いアプローチだといえるでしょう。なぜなら、このデータはすでに記録されていますし、従業員のストーリーは企業の意図や目標に関する背景を自然に提供してくれるからです。予定通り進んでいない進捗状況を報告するのは難しく、黙っているほうが簡単なことも多いでしょう。未達成プロジェクトの進捗を報告する際には、これまでに達成した他の目標に関する、広いストーリーの中に組み込んでみてください。
次世代調査の一環として話を聞いた、あるESGの専門家は「企業が(評価)プロセスをどれだけ進めているかは、必ずしも重要ではありません。最も重要なのは透明性です」と述べました。
完璧さではなく進捗を伝えるほうが、より本物らしいですし透明性が高いため、主要なステークホルダーに読まれる可能性が高いです。