TAUSカンファレンス「翻訳業界の再発明」に参加して
(この記事は、2020年6月30日に公開された記事「Reinventing the Translation Industry: Notes from the TAUS conference」の日本語訳です。)
少し前のことですが、私はTAUS主催のイベント「Reinventing the Translation Industry(翻訳業界の再発明)」に参加しました。
同イベントは、世界経済やパンデミックに伴う苦境を踏まえ、1年後の翻訳業界を想像することにフォーカスしたものです。同時に機械翻訳(Machine Translation、以下「MT」)やAIがより多くのコンテンツ、より多くの言語、そしてよりインテリジェントな(なおかつ効率的な)ワークフローをサポートすべく、業界をどのように変革しているかも見据えています。
数日間にわたるプレゼンテーションや議論を経て、今後数年のあいだ技術的な混乱は減少し、既存技術の活用が増加するだろう、と感じるようになりました。予算が凍結(ないし削減)されれば、多くの業界が緊縮財政に移行し、企業はあらゆる分野で効率の追求を余儀なくされるものです。
そしてMTとAIは、この点で果たさなければならない重要な役割を持っています。あまりに多くの企業が、コンテンツを解放することでよりユーザー需要に基づく翻訳がなされる可能性を期待することなく、MTから距離を置いています。
以下、イベントで私が気になったテーマについて記します。
MTワークフローからの人間の排除
一部の例外を除き、ワークフローの中心に人間を据えつつ手始めに用いる翻訳ツールとして、MTは舞台裏で利用されてきました。しかし、ニューラル機械翻訳(NMT:Neural Machine Translation)の登場とその翻訳品質の向上により、一部の組織は人間の介入なしにMTをテストする機会を得ました。確かに、人々は既にセルフサービスの機械翻訳に欠点を含め慣れています。当然、企業はエンドユーザーよりも慎重な立場を取ってきましたが、最終的にコンテンツを解放する必要性から、ますます多くの組織がMTという名の海に飛び込む必要がある、と私は考えています。
DellのWayne Bourland氏は、MTの普及に関する研究について紹介しました。目下、MTは同社のコンテンツの約70%で利用されていますが、人間が介入するのが典型的な利用方法でした。彼のチームは5年以内に、人間の介入を必要とするコンテンツをたった10%に抑えることを目指しています。これは大胆な目標ですが、彼らは達成するだろうと思います。
これまでのところ、中小企業の多くがMTをほとんど利用してきませんでした。これはMTベンダーにとって近い将来、最大の商機が訪れることを示している、というのが私の見立てです。それらの中小企業はグローバル展開を熱望し、なおかつ迅速にアクションを起こすことができます。
はっきり言って私は、ミッションクリティカルなコンテンツの翻訳をMTに一任することを推奨しているわけではありません。そうではなく、プロフェッショナルな翻訳のための予算が不透明であるいっぽう、何百万語にも及ぶナレッジベースやチュートリアル、顧客レビューなどを保有する組織が、MTの価値に目を向けることを提案しています。彼らの顧客は間違いなく、それを望むでしょう。
より自動化の進んだ将来において、プロジェクト管理者が最もリスクを負うものとは?
自動化の進んだ未来についてよく聞かれる問いは、「誰が職を失うか」です。プロ翻訳者のほとんどが失職の危機にあるとは思いませんが、翻訳者は新しい技術を最大限に活用すべく「デジタル言語学者」に進化する必要がある、と指摘されていました。その指摘に、私は同意します。MT技術に明るい翻訳者は、より自動化の進んだ未来において、良い立ち位置を獲得するでしょう。
製品名や製品画像、製品機能に関して、翻訳者は単なる翻訳にとどまらず非公式なコンサルティングを提供します。そして多くの場合、そうしたコンサルティングは収益化されるべきにもかかわらず、そうはなっていません。
クライアント企業や翻訳ベンダーのプロジェクト管理者(翻訳ワークフローを管理する立場)についてはどうでしょう? 今日、それらの人々が行っているうち自動化できる仕事の割合を増やすべく進化している技術はあります。翻訳者に近い立場のプロジェクト管理者に対しては、組織内の「バリューチェーン」の上に、コンピューターには提供できない付加的なサービスを提供できるようになることをお勧めします。
言語サポートの欠如は差別のいち形態?
私のプレゼンテーションでは、Webグローバリゼーション・レポートカードの内容から、グローバル企業が平均33言語をサポートしていることを紹介しました。この幅広い言語サポートは、多大な投資を反映しています。いっぽう新興のグローバル企業に目を移すと、サポート言語数の平均は10以下に減少します。
Wikipedia(今年のレポートカードにおいて最高のグローバルサイトに選出)は290言語をサポートしており、これは真のグローバル言語需要を如実に反映しています。明らかに、膨大な数のインターネットユーザーが、言語的に満たされていません。
あるユーザーの言語をWebサイトがサポートしていない場合、他のユーザーほどそのユーザーは重要ではないとのメッセージを伝えることになります。そして今この瞬間、私はこの記事自体、意図的でないことに気づきました(訳注:著者に差別の意図はないものの、記事原文は英語でしか書かれていない)。プロの翻訳に費やせるお金には限りがあります。
どうすればサポート言語数を33から290まで増やせるのでしょう? 機械翻訳なしにそれを早く実現する術は、ないのではないでしょうか。Google 翻訳(108言語をサポート)のようなMTサービスが世界中の人々にとって極めて重要な理由は、その点にあります。
また、この業界に携わる者として、言語の取り扱いにもっと注意しなければならないと思います。例えば、言語を話す人の数で「メジャー」とか「マイナー」などと言われているのを、今でも耳にします。正直言って、私は過去何度となく同じ間違いを犯してきました。人数がどうであれ、その言語を話す人にとって、それはマイナーではありません。
TAUSのイベントでは、新興のスタートアップが言語に関し「マイノリティ」より望ましい「ロングテール」という言い回しを用いていたので、私は嬉しくなりました。メジャーやマイナーといった含みのある形容詞を取り除けば、すべての言語をより公平に見ることができますし、結果としてそれらの言語を話す人々のことも、より公平に見ることができるのではないでしょうか。
翻訳、それは楽観的な行為
私たちは楽観主義に基づきビジネスをしているのだと思います。組織が翻訳に投資するのは、成長やより良い顧客体験を提供することに楽観的だからです。
今は確かに憂鬱な時代です。だからこそ私たちの業界には、より楽観的な未来への道を切り拓く重要な役割があるのです。TAUSの会議では、私たちが直面している課題にもかかわらず、ほとんどの人が非常に楽観的であると感じました。
以上が、イベントに参加しての感想です。参加して良かったと思いますし、またいずれ参加したいとも思いました。