選択しやすさの情報設計(information architecture of choosability)

インフォメーションアーキテクト 前島

ジャムの法則をご存知でしょうか?

著書「The Art of Choosing(邦題:選択の科学)」で有名なコロンビア大学教授のSheena Iyengar氏がスタンフォード大学院生だった頃の話をご紹介します。近所のDraeger'sという高級食料品店には250種類のマスタードや酢があり、500種類以上の果物や野菜、20種類以上のミネラルウォーター、オリーブオイルのコーナーには樹齢千年のオリーブの木から採れたオリーブオイルも含め75種類以上も揃えられていました。彼女はこのお店に行くのが大好きだったのですが、ある時ふと思ったそうです。

「こんなにたくさん魅力的な商品があるのになぜ私は何も買わないんだろう?」

そこで彼女はある実験を行います。

選択のパラドックス

6種類または24種類の様々な味のジャム瓶

実験に選んだのはジャムのコーナー。そこには348種類のジャムがありました。お店の入り口のすぐ近くに小さな試食ブースを設け、6種類または24種類の様々な味のジャムを出し、彼女は2つのことを観察しました。

  1. 試食されるのはどちらのほうが多いのだろうか?
  2. 実際購入されるのはどちらのほうが多いのだろうか?

前者の結果は6種類ある場合は約40%の人が立ち止まって試食をし、24種類ある場合は20%多い60%の人が試食をしました。 次に後者の実験ですが意外な結果となります。 24種類の時に試食した人のうち実際にジャムを購入したのはたったの3%でした。それに対して6種類の場合は立ち止まった人々の30%が実際にジャムを購入しました。 24種類見た時と6種類見た時とでは売上に10倍の差が生じる結果となったそうです。

インフォメーションアーキテクチャにおいて、findability(見つけやすさ)は達成すべき重要なファーストステップですが、見つけた後にユーザーは数ある選択肢の中からひとつを選ぶ必要があるため、choosability(選択しやすさ)も同様に考慮しなければなりません。

選択=自由 or 負荷?

より多い選択肢はより自由であることを意味し、人間にとって幸せであると考えられてきました。 例えば動物園の動物が野生の動物よりはるかに食糧、衛生状態の面で恵まれているのにも関わらず寿命が短いのはなぜなのか。同じくSheena Iyengar氏の著書によると、野生のアフリカ像の平均寿命が56歳であるのに対して動物園のそれは17歳。動物園の動物は野生環境に比べ「選択」を行う機会が少ないことが一因であるといいます。 人間も同様に、英国の20歳から64歳の公務員男性1万人を追跡調査し、さまざまな職業階層と健康状態の比較を行った結果、職業階層が高ければ高いほど寿命が長くなるといいます。その理由は職業階級の高さと仕事に対する自己決定権の範囲が相関していることが要因としています。

しかし選択肢の多さは逆に人間に負荷を与え、意思決定に以下のようなマイナスの影響が生じるといいます。

行動的側面

  • 選択することを延期、もしくは避けるようになる
  • 一度選択したものをひっくり返したくなる

認知的側面

  • 選択における自信が無くなる
  • より少ない選択肢を求める
  • 数えられる範囲の選択肢を求める

感情的側面

  • 正しい選択をしたのか後悔が芽生える
  • 選択における満足感が下がる

では選択の負荷を下げ、選択のしやすさを向上させるためにはどのような方法が考えられるのでしょうか。

ポップアウトエフェクト(Pop-Out Effect)

選択肢を少なくすることがひとつの解決策として挙げられますが場合によっては単純にそうではありません。 認知心理学博士でありインフォメーションアーキテクトでもあるStefano Bussolon氏によると、選択対象の知識や習熟度が低い初心者は選択肢が少ないほど選択しやすい傾向がありますが、知識や習熟度の高いエキスパートにとっては選択肢は多いほど好まれる傾向にあるとのこと。

同氏によると例えば保険会社のリサーチによると顧客が保険商品を選ぶ際の態度は3つのタイプに分かれるといいます。

  1. 広範囲の選択肢の中から自分にあった商品を探すアプローチ
  2. 限定的な範囲の中から自分にあった商品を探すアプローチ
  3. 自分にあった商品を勧めてほしい受け身のアプローチ

この場合、2や3の顧客にとってはより少ない選択肢を提示することが選択のしやすさにつながるでしょう。しかし1の顧客の中には保険商品の知識をかなりもった人が存在し、彼らにとっては選択肢をより多く提示することが満足につながることが考えられます。

全体の選択肢を減らすことなく選択しやすさを実現するためにはどうすればよいのか。 彼は 以下の方法が有効であると言います。

情報をチャンク化/パターン化する(Pop-Out Effect)

  • 情報をある固まり(チャンク)や型のパターンとして提示し人間の認知負荷を下げる

選択のタスクを段階的に分割させる

  1. 全体から属性や優先度を識別する
  2. その中から管理可能な選択肢を識別する
  3. その管理可能な選択肢の中からベストなものを識別する

選択する負荷を分配させる

  • 重要となる選択基準属性を提示する
  • 顧客にとって何が重要なのか顧客自身が定義するのを助ける
  • これまで蓄積されたデータベースなど機械的な力を利用する
  • 価値基準により並び替えることができるようにする

これらの方法により選択の負荷が下がり、選びやすさが向上するとしています。

私たちは選択肢が少なければ不自由を感じ、多ければ負担に感じ、またそれはユーザーのリテラシーによっては逆に感じるなど複雑な存在ですが、最も大事なことは自分たちの対象となるユーザーがどのような価値観をもっていて何を重要視しているのかを知ることです。その上で選択の負荷を低減させる適切な方法を選ぶことが大切になります。

参考