新たなミームプール、Blogosphere
デジタルコンテンツグループ 藤田 拓ミームという自己複製子
ミーム(meme)とは進化生物学者ドーキンスが遺伝子を意味するジーン(gene)になぞらえて造った単語で、彼の有名な著書「利己的な遺伝子(The Selfish Gene)」の終盤に登場します。この本におけるドーキンスの説は、生物とは遺伝子の複製過程を助ける乗り物(vehicle)である、というものです。原始のプールといえるような状態であった世界において、自らの構造のコピーを作成することができる自己複製子がまず誕生し、その後、増加していきます。そういった自己複製子のうち、環境に適応可能であったもののみが生き残ります。そして、残存するための利己的戦略として、遺伝子の運び屋である微生物や動植物をこしらえることになります。「利己的」とは一見すると情緒に訴える表現ですが、遺伝子に心や意思があるわけではありません。時系列において淘汰されることなく適応してきたプロセスを見ると、遺伝子にとって「利他的」なものが残らず「利己的」なものが残っているということです。ドーキンスによると自己複製子は忠実度、多産性、長寿の3パラメータが高いほど良質であると評価されます。
そして、ドーキンスは上記のような遺伝子以外にミームという文化のプールにおける自己複製子を考えました。ミームは人間の脳における「模倣し記憶する(模倣してしまい記憶してしまう)」システムが生み出した自己複製子です。良質なミームの例としては、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の冒頭4音「ソソソミ♭(ダダダダーーン!)」が挙げられます。この音列は、1808年に誕生したにもかかわらず、様々な文化圏を侵略し広がり、ピアノを習い始めの(または習っていない)子供でも奏でることが可能であり、また、この曲を演奏したCDや演奏会はもちろんのこと、各メディアの効果音等やクラシック以外の楽曲にまで挿入されています。また、ソソソミ♭が決してハ短調に限られる音列でないにもかかわらずほとんどの人がホ長調とは捉えないことでしょう。まさしく忠実度、多産性、長寿の3パラメータが高い例なのです。
ミームはより良質な媒体を選ぶ
複製可能な能力を持ち始めたものは、遺伝子であれミームであれ、増殖のベクトルを持ちます。そこにあるのは動植物の意志とは関係のない系です。それどころか自己複製子の利己的過程に沿う外界システムが好まれることになります(この「好まれる」という表現もミームから見たかのような擬人的表現です)。例えば、先ほどの「運命」についてみると、よりコピーされ得るCD、MP3プレーヤー等が、またその中でも普及している仕様が特に好まれます。なぜなら、これらは先ほどの3パラメータを高めてくれるものだからです。
そして、ミームは当然のごとく、インターネット、更にWebのシステムを好むこととなります。デバイスを使うことにより様々な表現が可能なデジタルデータを遠隔地間でやりとりできることはミームにとって狂喜するに値するシステムだったに違いありません。
企業におけるミーム
人は模倣し記憶するという機能があるため、無数のミームを取り込んだミーム複合体であるのと同様に、企業もデータベース等にストックされた多数のナレッジはもちろんのこと、共同体のコミュニケーションの中に発生・蓄積する社風といったミーム複合体です。経営者が変わろうと社風が維持され、企業名からその会社の商品イメージが可能なのはミームが企業に住家を持っているという証しでしょう。そして社外の人々ともミームを共有することにより、更にその社風が強固なものとなります。実際、遺伝子もミームも閉鎖系を選好せず様々な自己複製子との競争や結合により自らの適応度を高めており、それは同じ社会に存在している場合不可避です。
Blogとミーム
海外で行われているBloggiesと呼ばれるBlogのコンテストでは2001年の開催当初からミーム部門が設けられています。確かにミームはその斬新な切り口の「利己的な遺伝子」と同様、海外で大きな反響を呼びました。ミームの思想を核とした宗教的な傾向を持つ団体さえあります。かといって、このコンテストの主催がミーム思想の信者というわけではないでしょう。明らかにBlogはミームにとって良質な媒体であり、早くからBloggersの思考に住家を設けていたともいえます。ミーム的に見ると最近のBlogに備わっている機能は次のように対応づけられるのではないでしょうか?
これらの機能の他、外部の環境として続々と登場するBlog派生商品により、Blogに掲載されたミームはより広範囲に散らばります。そして、以上のことによりミームは長寿なものとなり、3パラメータを大幅に助長する結果となります。コンパクトでありながら、これほどまでにミーム媒体として機能が整った媒体は今のところ見当たりません。
ミームはいまだ自己を複製してもらおうと躍起になっています。ミームフレンドリーなBlogが新たなミームプールであるBlogosphereを作ったことは確かでしょう。そのプールに入らない限り見つかることのないポテンシャルがこれから徐々に現れてくるのではないでしょうか。
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