Webサイトにおける情報設計と情報のアーカイブ
プランナー 棚橋 弘季個人的な関心もあり、『美術カタログ論 記録・記憶・言説』(島本浣著、三元社刊)という本を読んでいます。
この本を読んでいて興味を惹かれるのは、美術カタログが一般化していく時期が、18世紀に西欧で貨幣を媒介とした美術市場が形成された時期とピッタリ重なっていて、その過程で美術カタログが「集積された美術品をある分類概念と記述形式により表象する」機能を持つものとして整理されていく点です。この点は、「売る」ことを目的としたWebマーケティングにおいて、情報の分類・情報の記述形式を定める情報設計が重要であることと重ねあわせて考えると非常に興味深く思います。
今回は、美術カタログの辿った歴史をすこし紹介しながら、「Webサイトにおける情報設計と情報のアーカイブ」というテーマで話を進めてみたいと思います。
マーケティングと情報設計
美術カタログの起源は、18世紀ごろ、パリを中心とする大都市に出現した新しい富裕階層が収集家として参加しはじめた競売会(オークション)で、出展目録として作成されるようになった競売カタログであるとされています。買い手としての美術愛好家(収集家)、売り手としての画商、そして、売り場としてのオークションやギャラリーといったプレイヤーが出揃った美術市場において、美術カタログは作品の売買をスムーズにするマーケティング・コミュニケーション・ツールとして誕生しています。
現在においても、活発な美術市場を持たない日本では、そもそも美術品・アート作品が購入対象物であるという認識を持っている人さえ少ないかもしれません。しかし、西洋においては、美術市場は立派に商売の成り立つ活気ある市場であり、当然、アート作品またはそれを生み出すアーティストに対するマーケティング活動も、画商であるギャラリストを中心に積極的に行われています。
こうした美術市場が確立したのが18世紀であり、先にも書いたように、その過程で美術カタログは市場の要請に応じる形で新しい分類概念・記述形式の創出と整理を繰り返しながら、現在でも一般的な美術カタログに見られる分類概念と記述形式の雛形を確立させています。標準化された分類概念と記述形式を定めるという情報設計が新しく誕生した市場の成長とともに確立されたことは、Webマーケティングという比較的新しい市場における情報設計のあり方を考える上でも非常に興味深いところです。
ブランディングと情報設計
一方、競売カタログとはまた違う美術カタログの形式である展覧会カタログも、競売カタログからはすこし遅れる形でその情報設計が標準化されていきます。競売カタログが市場の要請にあわせて分類概念と記述形式を標準化させていくのとは対照的に、展覧会カタログは、現在の美術展の出自でもあるサロンの論理、つまりは美術・芸術をベースに国家の文化あるいは国そのもののイメージを確立しようという政治的な思惑、またはその権威の階層構造を具象化したアカデミーの論理によって、分類概念や記述形式の一般化が図られた歴史を持ちます。
つまり、美術・芸術のイメージをうまく国そのもののイメージと統合させることによって、国としてのアイデンティティの確立を図った、いうなれば国そのもののブランディング活動の一端としてサロンは開催され、同時にそのサロンを表象あるいはサロンを補完するメディアとして確立されたのが展覧会カタログだといえるようです。
この展覧会カタログの分類概念と記述形式は、もう一方の競売カタログにおけるそれとは異なる形で標準化されていくのですが、この対比は「売る」ことを目的にしたマーケティング視点での情報設計と「統合された価値あるイメージの確立」を目的としたブランディング視点での情報設計の違いについて考える契機にもなるでしょう。
情報のアーカイブがもたらすもの
さて、このような形で18世紀ごろから出版されはじめた美術カタログが現在、どのような使われ方をしているかを見ると、さらに興味深いポイントがあります。
美術カタログは現在も、競売カタログであればオークションに参加する買い手(コレクター、ギャラリストetc.)が、展覧会カタログであれば展覧会を訪れる人が主要なユーザーとして想定されますが、もうひとつ別の主要なユーザーとして考えられるのが、美術史や美術批評史を専門にしている研究者や美術評論家などの専門家です。こうした専門家は膨大な美術カタログのアーカイブをベースに研究を行ったり、批評を行っているわけで、つまりは美術カタログにおける記述(記録)が彼らの言説の一部を成すということです。 実際、『美術カタログ論』の著者の島本氏もこの本の中で「フランスに関しては、十七世紀の競売会がどのようなものなのかははっきりしていない。というのも、競売会の記録でもあるカタログが作成されていないからである」と記しているくらいで記録されていないものは研究が難しいでしょうし、そこから新たな言説を生み出すのも困難でしょう。現在の美術史、美術研究の多くは、単に現存する作品だけでは成り立たなかったはずで、美術カタログという情報のアーカイブが存在したからこそ、それを元に貴重な研究や評論が生み出されたと言えるでしょう。
これをプレスリリースとプレスの記者との原稿との関係、PRの重要性と重ね合わせてみると面白いのではないでしょうか。Webサイトで自社の情報を積極的に発信していくのも、直接的なターゲットである顧客(潜在顧客)の目を想定するだけでなく、プレスや専門家が新しい言説を生み出し、情報そのもの広がりをさらに大きくするPR的な視点も踏まえて、情報発信を行うことも必要でしょう。
それには少なくとも元となる言説がなければ新しい言説は生まれないはずです。
Webサイトにおける情報設計
Webサイトの情報設計に関しては、まだまだ18世紀の美術カタログが辿ったような標準化は行われていません。
ただ、そうした標準化の動きがないわけではなく、RDF (Resource Description Framework)やオントロジー言語OWL (Web Ontology Language) を中心にしたセマンティックWeb技術の考え方などはそうした標準化への方向性を示すものの1つだと言えるでしょう。
Webサイトの設計における標準化についての今後の動向を考える際に、美術カタログの標準化が辿った道のりで、市場におけるマーケティングとブランディングという2つの要請が標準化にいたる大きな動機付けになっていたことは非常に示唆的です。Webサイトの情報設計が標準化される際にも、この2つの要素が新しく生み出される標準化技術を、真に有効な標準化技術と認めるかどうかをふるいにかけるであろうことは想像に難くありません。
また、逆の視点から見れば、そうした標準化技術が確立されない限り、Webマーケティング、Webブランディングの市場もまだまだ未成熟な状態にあるということもできると思います。その意味では、Webサイトの情報設計における標準化技術の確立は、Web業界にとっては大きな課題でしょう。
Webサイトにおける情報のアーカイブ
さて、もう1つ、Webサイトの情報をアーカイブしていくことの重要性、メリットについては、先にもすこし触れたとおりですが、企業ブランドの確立や広い意味でのCSR活動を考える上でも、Webサイトで情報をきちんとアーカイブし、ユーザーがいつでもアクセスできる形にしておくことは今後ますます重要になってくるはずです。
しかし、実際には、お客様によっては、リニューアル構築の際などに「全体のページ数を減らす方向で考えて欲しい」という依頼を受けることが少なくありません。もちろん、古くなって現在の企業活動、事業内容に不整合なものに関しては削除する必要がありますが、それ以外のものに関しては「メンテナンスが大変だから」「ユーザー導線の設計が難しくなるから」といった理由で削除してしまうのは、どうかと思います。
メンテナンス性やユーザー導線設計の問題は、アーカイブを行うかどうかを判断する要因ではなく、アーカイブ化を行う際に考慮すべき課題でしかありません。また、そうした課題は、ユーザー視点での情報設計がきちんと行われており、かつ実装においても、XML技術やWeb標準技術を用いて、設計段階の意図をHTMLに引き継いで記述を行うことによって大部分が解消されるはずです。
今回は、美術カタログの辿った歴史を見ることで、Webサイトにおける情報設計や情報のアーカイブの重要性と、情報設計・アーカイブ化を行う上でいかにマーケティングの視点、ブランディングの視点が重要な位置を占めているかを考えました。
興味のある方は、関連する情報を「実践!Webマーケティング:Blog」のほうにも掲載していますので、ぜひご覧ください。
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