心理学に学ぶユーザーの満足度
ユーザビリティ・エンジニア 潮田 浩私はユーザビリティ・エンジニアという仕事柄、ユーザビリティや情報設計(インフォメーション・アーキテクチャ)に関する書籍に目を通す機会がしばしばあるのですが、その多くは、Webサイトやソフトウェアにおいて、ユーザーの目的を効果的かつ効率的に達成させるための情報構造のあるべき姿や方法論について述べられています。ユーザビリティや情報設計の方法論に関しては、これまでに数多くの研究が行われており、いくつもの論文や書籍が出版されています。そのおかげもあってなのか、ここ数年でWebサイトにおける情報構造はかなり整理され、膨大な情報が存在するWebの中から目的の情報を探し出すことは比較的容易になったように思います。
国際規格ISO9241-11において、ユーザビリティとは「特定の利用状況において、特定のユーザーによって、ある製品が、指定された目標を達成するために用いられる際の、有効さ、効率、ユーザーの満足度の度合い」と定義されています。
- 有効さ
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ユーザーが指定された目標を達成する上での正確さ、完全性
- 効率
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ユーザーが目標を達成する際に、正確さと完全性に費やした資源
- 満足度
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製品を使用する際の、不快感のなさ、および肯定的な態度
- 利用状況
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ユーザー、仕事、装置(ハードウェア、ソフトウェアおよび資材)、並びに製品が使用される物理的および社会的環境
「有効さ」と「効率」については、上述したように、情報設計における方法論が今後も着実に進歩を続けていくものと思われるため、ISO9241-11で定義されるユーザビリティも確実に向上していくといえるでしょう。
一方で、「満足度」についてはどうでしょうか。「効果」と「効率」の向上が「満足度」につながっているのはもちろんですが、「満足度」を規定する要因は、実はこれだけではありません。しかしながら、「満足度」という非常に捉えにくい要素のためか、その重要性にかかわらず、あまり詳細な検討が行われていないのが実情です。そこで今回は、一つの心理学的知見を例に取りながら、Webサイトの満足度を規定する要因について考えてみたいと思います。
選択肢の数と満足度
日経サイエンス『脳から見た心の世界』において、スワスモア大学の心理学者であるバリー・シュワルツ博士は、「豊かさが招く不幸(The Tyranny of Choice)」と題して、世の中における選択肢の数と人々の幸福度との関連性についての研究結果を紹介しています。この研究によると、なにかを選ぶ際に、ある程度の選択肢があることは人々に幸福感(満足感)を与えるが、あまりに過剰の選択肢が存在すると、逆に不幸感を与えてしまうというのです。多くの機会が与えられているにもかかわらず不幸感を抱いてしまうとは、とても意外な結果のように思われますが、他のいくつかの研究においても似たような結果が示されています。この原因についてシュワルツ博士は、なにか一つを選択したときの満足感は、別の選択肢にすれば得られたはずの機会を失うことを差し引いて決定されると説明しています。つまり、選択肢が多ければ多いほど、選択したものに対する満足感から引き算されるものも多くなり、最終的には満足感が小さくなってしまうことになるのです。
もし、Webサイトとユーザーのかかわりにおいても同様のことが成り立つならば、Webサイトに膨大な情報や機能が盛り込まれることによって、ユーザーの選択肢が過剰に増大してしまった場合、ユーザーの満足感は低下してしまうことになります。たしかに、ある商品を探しているときに、その商品を扱っている店舗が1000件以上ヒットしてしまったら、どのようにしてその中から一つを選ぶべきか悩んでしまいます。商品を購入した後に「ほかの店舗で買えばもっと条件が良かったかも」という疑念にとらわれてしまうかもしれません。Webの魅力がその情報資源の豊富さとユーザーの自由選択権の多さにあることは間違いありませんが、そのことが逆にユーザーに負の感情を与えてしまうことがあるのであれば、Webサイトに提示されるべき選択項目は、ある程度の取捨選択がなされる必要があるということになります。Webサイトの目的にもよりますが、リソース数の多さを前面にアピールすることをぐっとこらえることも、ユーザーの満足度を向上させるためには大切なことのようです。
満足度を考えることが差別化につながる
ユーザーがWebサイトに対して抱く「満足感」は、主にはそのコンテンツがユーザーのニーズに応えているかどうかによるものといえるでしょう。しかしながら、上述したような情報設計によって規定される感情的な要因が、Webサイトに訪れたユーザーの最終的な行動を左右してしまうことは、少なからず生じうると考えられます。冒頭でも述べましたように、Webサイトの使いやすさを規定する「有効さ」や「効率」については、情報設計の方法論の進歩に伴い確実に改善されつつあり、Webサイトにおける情報設計法のスタンダードが確立されるのもそう遠い未来ではないのかもしれません。だからこそ、ユーザーを惹き付けるとう点でのWebサイトの差別化を行っていくためには、人間の感情や感性に影響を及ぼすユーザビリティ要素にいっそう注力していく必要があるといえるのではないでしょうか。
おわりに
今回は、ユーザビリティにおけるユーザーの満足度の度合いについて、一つの心理学的知見を取り上げながら考察いたしました。人間の心理的状態や意思決定には、非常に多くの要因が影響を及ぼすため、今回ご紹介したような心理的法則性を単純にWebサイトの構築に適用できるとはかぎりません。しかしながら、ユーザー中心のWebサイトを構築するためには、人間の本質的な特性についての理解を深めていくことは非常に重要であり、ユーザビリティ・エンジニアをはじめ、Web制作にかかわるすべての人々にとって、それらの知見はきっと有用な情報として活用できるはずです。
Webサイトのユーザビリティは、心理学にかぎらず、情報科学、社会学などの幅広い領域にまたがる、非常に多面的かつ学際性の高い分野です。真にユーザビリティの高いWebサイトを構築していくためには、さまざまな環境に身をおきながら異なる視点で物事を捉えていくことを意識し、常に新しい風を吹き込ませ続けることが大切ではないでしょうか。
参考図書
- 別冊日経サイエンス150 『脳から見た心の世界』(日経サイエンス)
豊かさが招く不幸 B.Schwartz著
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