今、改めて考えるInternet Explorer 11対応のコスト
アクセシビリティ部 チーフ・アクセシビリティエンジニア 黒澤 剛志「もうたくさんだ(Enough is enough)」。2019年2月、MicrosoftのChris Jackson氏は企業にInternet Explorerの利用をやめるよう呼びかけるBlog記事を発表して話題になりました。当時からMicrosoftはセキュリティ関連の修正を除いてInternet Explorerの改善(新機能の追加や処理速度の向上など)を行っていません。それは、現在もサポートが継続しているInternet Explorer 11(IE 11)でも同様です。かわりにMicrosoftはEdgeの改善に力を注いでおり、先日(2020年4月9日)も新しい Microsoft Edge に移行すべき 10 の理由を公開するなど、様々な方法でInternet Explorerからの移行を呼びかけています。
先日のMicrosoftの記事はWebサイトを利用するユーザー視点で書かれていますが、このコラムではサイトを発注する立場でのInternet Explorer 11(IE 11)を見ていきます。具体的にはIE 11対応がもたらすコストです。先に結論を述べると、IE 11に対応することで
- 構築時に工数と工期が増えるものの
- 実現できる表現は制限され
- 運用コストも上がる
場合がほとんどです。
リッチな表現を実現するコスト
昨今、お客様の歴史を紹介するコンテンツや採用コンテンツなどでリッチな表現、特にアニメーションを使ってコンテンツを魅力的に表現したいというご要望をいただくことが増えたように感じています。ページをスクロールするとコンテンツが切り替わったり、あるアニメーションが終わったら次のアニメーションを始めるといった複雑なアニメーションの話も特別な要件ではなくなってきました。ですが、IE 11を前提としたこれまでの対応にはいくつかの課題がありました。
1つは表示パフォーマンスです。例えば、ページをスクロールするとコンテンツを表示するアニメーションの場合、これまでの方式では端末の負荷が高くなり、コンテンツを魅力的に紹介するどころかページのスクロール自体が滑らかに行われず、ユーザーにマイナスのイメージをもたれかねないケースがあったことも否定できません。この問題はブラウザーベンダーも認識しており、IE 11を除く主要なブラウザーは負荷を下げる技術(Intersection Observerなど)を続々搭載してきており、これらの技術を積極的に利用することで、端末の負荷を抑えたコンテンツをユーザーに提供することができます。
アニメーションの処理に限らず、現在、各ブラウザーベンダーはブラウザーの処理速度の向上に努めており、例えば、Google Chromeや新しいEdgeなどが採用しているJavaScriptエンジン(V8)では処理によっては1年前と比べて半分以下の時間で済むようになっています。しかし、冒頭述べたようにIE 11には新機能の追加や処理速度の改善は行われていませんので、1年経ってもIE 11が速くなることはありません。このため、例えば、(IE 11の利用率が低い)英語圏で流行している表現を取り入れようとしても、IE 11を前提にしている間は実用的な速度で動くコンテンツにならず、表現を諦めざるを得ないケースも出てくるでしょう。
2つめは、複数のアニメーションに順番を持たせたり、後で順番を入れ替えることが仕組み上難しいことです。お客様からコンテンツをより魅力的に表現するために様々なご提案をいただいても、それをコンテンツに反映することが難しかったり、時間をいただくことがありました。ですが、IE 11を除く主要なブラウザーはアニメーションを管理しやすくする技術(Web Animations API)を搭載しており、これを採用することでアニメーション1、2、3が終わったらアニメーション4を始めるといった順番の設定や入れ替えのご要望にも迅速にお応えできるようになります。
もっとも、アニメーションを煩わしいと感じる人は一定数いますし、人によっては特定の動き方をするアニメーションを見ると気分が悪くなったり、動いている部分以外に意識を向けることができず、他のコンテンツを読むことができない場合もあります。当社のアクセシビリティ標準対応においても一定の条件を満たすアニメーションには一時停止する機能などが求められます(WCAG 2.1の2.2.2 一時停止、停止、非表示)。
リッチな表現とアクセシビリティ、時として相反する要件であるかのように語られることがありますが、実際には、IE 11を除く主要なブラウザーはこの2つを両立させるための技術を搭載しています。これはユーザーがアニメーションを望まない場合、そのことをWebサイトに伝えるというものです(prefers-reduced-motion)。コンテンツがこの情報を読み取って、アニメーションを望まないユーザー向けにはアニメーションを無くしたり、自動的に開始しないといった調整を行うことで、リッチな表現と一定のアクセシビリティを兼ね備えることができます。実際、当社の案件でもこの技術の採用が進みつつあります。
日々の運用コスト
アニメーションを使わないWebサイトでも、通常のコンテンツの幅を超えて画面の横幅一杯にメインビジュアルを表示することは多いのではないでしょうか。このタイプのメインビジュアルはとても印象的ですが、PC向けに作成した横長の画像をモバイルでそのまま表示することが難しいという特徴があります。IE 11を前提としたこれまでの対応では横長の画像が全体的に縮小されてしまい、メインビジュアルの意図が伝わらなくなってしまいます。そこで、モバイル向けに専用の画像を作成し、画面幅などに応じて表示する画像を切り替えることが一般的です。ただし、この方法ではメインビジュアルを1つ更新するごとに複数の画像を作成、確認、修正、確認……を行うため、リードタイムが長くかかる傾向があります。
ですが、IE 11以外の主要なブラウザーには1枚の画像を画面の幅などに合わせて自動的にトリミングして表示する技術が搭載されています(object-fit)。この技術を採用する場合、画像を1つ用意すれば、後はブラウザーが画面幅などに応じて自動的にトリミングしてくれます。
同様に、画像を一覧化して表示する場合も、これまでの対応では画像の縦横の比率が揃っていないと綺麗に表示することができず、画像がつぶれたり伸びたりしていました。Web担当者が画像の比率(や大きさ)を指定しても、社内の部署から実際に上がってくる素材は比率がバラバラで、その整理や確認に時間が取られてしまう。そんな経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。ですが、先ほどのトリミングをする技術を使えば、画像の縦横比が違っていても、表示エリア内に収まるようにブラウザーが自動的に調整してくれます。
運用時のセキュリティ対応コスト
さて、前述のような機能を実現すること自体はIE 11でも、有志が無償で公開しているJavaScriptライブラリーなどを導入することで可能といえば可能です。場合によっては構築時にIE 11対応のコストがほとんど発生しないこともありえます。
では、JavaScriptライブラリーを積極的に利用すればコストは全く発生しないかというと、そういうことはありません。運用コストが上がってしまうのです。
JavaScriptライブラリーも人間が書いたプログラムである以上、ミスや不具合は存在しますし、そのミスや不具合がセキュリティ上の欠陥(脆弱性)であることも、残念ながら多くあります。そして、セキュリティ対応で特に難しいのが、構築時に脆弱性を全て見つけ出すことは困難という点です。もちろん、当社でも社内のレビューにおいて、使用しているJavaScriptライブラリーに既知の脆弱性が存在しないか、などのチェックは行っています。ですが、セキュリティの分野はこれまで知られていなかった脆弱性・攻撃方法が、ある日突然公表されるものです。構築時点で公開されていた情報で判断する限り問題なかったJavaScriptライブラリーが、運用開始から何カ月、あるいは、何年もたってから突然セキュリティの欠陥を抱えている(脆弱性が存在する)と公表されるのです。
このようなセキュリティ対応にWeb担当者が日々の業務の中で対応していくことは簡単なことではないと考えています。実際、Cloudflareの調査によるとJavaScriptライブラリーは一度設置されると更新されることはほぼありません。
ですが、Webサイトに求められるセキュリティのレベルは年々高まっており、お客様から、お客様社内で行っている定期的なセキュリティ監査のお話を聞く機会も増えてきました。その際、過去に導入したJavaScriptライブラリーに脆弱性があることが問題となることもあります。
現在運用されているWebサイトのセキュリティ対応も大切なことではありますが、構築時点で、運用を見据えてJavaScriptライブラリーを本当に必要なものに絞っておくことも大切ではないでしょうか。その際、今後シェアが拡大する見込みのないIE 11対応のためだけにJavaScriptライブラリーを導入することが本当に必要なことなのか、運用を含めたトータルコストがトータル効果を上回っているのか、慎重に検討する必要があると考えています。
むすびに
このコラムを書いていることから想像されるように、日本はInternet Explorerの利用率が世界全体と比べて高いことが知られています(StatCounterの2020年3月のデータによるとPCブラウザーにおけるInternet Explorerのシェアは日本11.96%、世界全体3.77%)。このことは企業でPCを利用するユーザーがInternet Explorerを使用しているから、と解釈されています。ですが、現下の社会情勢を踏まえて、企業活動の在り方が変わりつつあることも確かです。例えば、リモートワークやビデオ会議で利用するサービスがIE 11に対応していないことも多くあります。企業活動に多大な影響を与える、自治体からの発表がIE 11に対応していない動画サイトが配信されていることもあります。冒頭のChris Jackson氏の記事は、Internet Explorerを利用しつづけると新しいWebアプリケーションが登場しても使えない未来がやってくることを警告していました。今の状況はどうでしょうか。お客様のWebサイトがアプローチしたいユーザーがこの先、本当にIE 11を使い続けているのか、今、改めて考えてみてはいかがでしょうか。
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