Webブランド戦略、Webコミュニケーションの役割を考える
ディレクショングループ 棚橋 弘季前回は、ブランディングをナレッジ・マネジメントの視点から捉え、ブランド価値の創出には、効果的なコミュニケーションによるブランド知識のマネジメントが必要だと述べました。
『戦略的ブランド・マネジメント』(東急エージェンシー刊) の著者ケビン・レーン・ケラーもおなじように「ブランディングは精神的な構造を創り出すこと、消費者が意思決定を単純化できるように、製品・サービスについての知識を整理することに関わっている」と定義しています。ナレッジ・マネジメントの観点からすると、知識とは、言葉や文書で表現された形式知だけを指すのではなく、個々人の心に刻まれた、言語化や文章化のむずかしい暗黙知も含みます。とうぜん、その知識を所持している人でさえ、はっきりと意識することはない暗黙知を、ブランド・マネジメントの対象に加えようとすれば、よりダイナミックな視点でブランド知識の移転、創造を目的としてコミュニケーションの設計をする必要が出てくるでしょう。ブランド自体は古くからあるものですが、ますます高度な知識社会へと社会環境が変化する中、ブランディングもまた、この時代に見合ったものへと変化するよう強いられていると言えるでしょう。
まず、はじめにブランド戦略ありき
では、さっそくWebコミュニケーションを主軸にしたブランド戦略について書いてみたいと思います。ただ、はじめに注意しておきたいのは、Webブランド戦略といっても今回の話は、Webサイトのブランディングではないということです。あくまで今回の話は、Webコミュニケーションを企業のコアビジネスにおけるブランド戦略の中軸に据えた、ブランディングのひとつの方法論についてです。ですので、はじめにブランド戦略ありきです。統合的なブランド戦略のなかで、いかにしてWebコミュニケーションを有効に活用していくかというのが今回の話題になります。こうした形でブランド戦略の中軸にWebサイトを中心としたコミュニケーションを据えるブランド構築の手法を、Webブランディングと呼ぶことにします。
Webサイトは企業のあるべき姿を映し出す鏡
さて、私は最近、お客さんへの提案書には必ずといっていいほど、次のように書いています。「Webサイトは、単なるライブラリーではなく、コミュニケーション・ツールです」と。この言葉は元々、英国IR協会&英国証券取引所が共同で発表している「IRサイトのための16の指針」の最初の項目で示されている言葉です。(現在は「18の指針」に変更)投資家の興味、関心を自社に惹きつけ、彼らとの関係を育むことで、投資へとつなげるIRサイトの役割は、まさに投資家に対するコーポレート・ブランディング活動だと言えるでしょう。もし、お客様の会社のIR関連ページが、財務諸表などの数値データや事業報告書などをPDFファイル(なぜもっと閲覧しやすいHTMLファイルにしないのでしょう)で貼り付けてあるだけのものだとしたら、おそらく多くの投資家を落胆させているはずです。短期売買投資家は別として、長期的な視点で企業への投資を考える投資家は、企業の財務状態だけでなく、将来的な事業活動に関するビジョン、採用や従業員に関する考え方など、その企業の全体をみて、投資に値するかどうかを判断したいと考えるでしょう。その際、Webサイトは企業のあるべき姿を映し出す鏡として、投資家それぞれが必要とする情報をいつでも好きなときに、容易に入手できるものでなければなりません。投資家の心を捉えるには、淡々とした情報の羅列だけではなく、投資家の感情にも訴えるようなコミュニカティブなアプローチでメッセージの発信を行なっていくことが重要です。また、近年、増加傾向にある個人投資家や外国人投資家に対してリーチ可能で、かつ企業の全体像を十分わかってもらうのに役立つメディアは、Webをおいて他にはないでしょう。
よいブランド経験の提供、ブランド連想を構築する情報の提供
顧客向けのWebブランディングにおいてもおなじです。どんなに素晴らしいデザインを施したとしても、Webサイトが単純に製品・サービスの紹介をしただけのカタログ・サイトでは、ユーザーの注意を持続させることはできません。それは単にWebサイトの出来といった問題にとどまらず、せっかくリアルの場でつくりあげたブランド連想を、Webサイトのデザイン、使い勝手、情報の不足、問合せ等に対する応答性等の不満足が原因で失ってしまうことにもつながる、ブランドにとっては非常に大きな問題です。Webサイトでの経験はそのままブランド経験につながります。Webサイトでの経験が不満足なものであれば、訪問者のブランド・イメージは損なわれますし、逆によい経験であれば、ブランドそのもののイメージも向上するでしょう。
最初に引用したとおり、ブランディングとは「消費者が意思決定を単純化できるように」「精神的な構造を創り出すこと」です。それには製品の効用、機能を書き連ねただけでは十分ではありません。カタログ情報の提供によって製品・サービスの「認知」は得られても、そこから購入、利用といった「行動」にいたるまではまだ遠い道のりがあるからです。ましてや、認知だけでは価値を感じるようなブランド連想が消費者の心の中に刻まれることはないでしょう。アイドマの法則の反応プロセスどおり、「認知」から「興味」、「欲求」を経て「行動」にまでつなげていくためには、製品・サービスを超えた消費者にとって価値のある情報を巧みに配することで、ブランド価値を高めるブランド連想を消費者の頭の中に知識として与えていくことが重要です。また、ブランドの価値は、消費者自身が価値を感じる連想をどれだけ多くブランドに結びつけられるかで決まりますから、消費者ひとりひとりの価値観、期待とブランドのあいだにつながりを構築するためには、個人のライフスタイルとブランドを関係付けるような情報を連載コラムなどの形で随時提供していくことも必要で、これによりブランドは消費者と結びついた言語と感覚を使ってコミュニケーションができるようになるでしょう。
Webブランディングのメリット、ブランド構築のためのWebサイトの指針
「誰もいない森で木が倒れました。音はしたでしょうか?」 人は自分の興味のない情報に対して意識はしません。消費者はそれぞれ基盤となる知識ベースも異なれば、興味や関心を抱く対象も異なるでしょう。他のメディアでは困難であっても、パーソナライズした情報の発信が可能なWebサイトであれば、それぞれ違った知識ベースをもつ人たちに対して各々が興味を抱くコミュニケーションを提供することが可能です。このことがブランディングにおいて、Webサイトでのコミュニケーションを中軸に据えるメリットです。WebブランディングにおけるWebサイトの役割は、他のコミュニケーションとのシナジー効果も利用しながら、いろんな人々がそれぞれ異なる道筋を通った場合でも、いずれもブランドへとたどり着く連想のネットワークを構築することです。言うなれば、消費者の頭の中に構築したいブランド連想のネットワークのいくつかの形を、あらかじめWebサイトという情報アーキテクチャーとして構築しておくのです。
また、ブランド論の第一人者であるデービッド・A・アーカーは、Webサイトを有効なブランド構築ツールとして活用するためのガイドラインとして、以下の5つをあげています(『ブランド・リーダーシップ 「見えない企業資産」の構築』、ダイヤモンド社)。
- 肯定的な経験をつくり出す
利用が容易であること/訪れるべき理由として、有益な価値が提供されていること/Webの特性を活かしたインタラクティブで、パーソナル化されており、タイムリーであること - ブランドを反映し、支援する
ブランドの世界を反映し、ブランド連想を構築する情報の提供を容易に行なえること - 他のコミュニケーション・プログラムとのシナジー効果を生み出す
複数のメディアを通じてのコミュニケーションにシナジー効果を生み出し、ブランド・メッセージを統合する手段として非常に有効 - ロイヤルティの高い顧客のための拠点を提供する
ロイヤルティの高い顧客グループとの関係を支援し、育んでいく場の提供 - サブブランド化された強力コンテンツによって差別化する
Webサイト自体がサブ・ブランドの役割を果たし、便益、機能、サービス、ブランド要素を開発すること
Webブランディング実行までの基本的な流れ
とは言え、Webサイトだけの個別のコミュニケーションを考えたのではブランディングはうまくいきません。あくまで中長期的な視点に立ったブランド戦略の中で、統合的なブランド・コミュニケーションを設計、実行するということが、今回のWebブランディングの主旨です。Webブランディング実行までの流れをまとめると図のようになります。
顧客の期待を知り、顧客の期待を超える
それでは、実際のWebブランディングを行なうにあたって何から始めればいいのでしょうか? 基本的には上図で示したとおり、顧客を中心に現状のブランド知識(ブランドの認知、ブランドへの期待、ブランドに見出している価値など)を把握することから始めるべきです。その際、伝統的なマーケティング調査(アンケート、インタビューなど)を行なうこともひとつの手です。ただ、それはすでにある程度の認知を得ているブランドの場合には有効ですが、ブランドが市場で認知を確立できていないような場合には賢明なやり方であるとはいえません。その場合、むしろ、調査対象は社内や関係者に限って、まずは「仮説としてのブランド・アイデンティティ」(=ブランドのあるべき姿)を策定した上で、その効果を検証する目的で実際にコミュニケーションを実行することも有効かと考えます。まずは先に顧客にこちらの手の内を知ってもらって、それに対する反応を見るわけです。評価の視点がひとつに定まれば、現実と理想とする姿のギャップを測ることは比較的容易なことです。私たちが日ごろ、問題解決のための思考プロセスとして活用しているシックシグマのDMAIC手法でも、最初にあるのは定義すること(Define)と測定すること(Measure)です。巨額な広告費を検証につかうことは不可能でも、Webでなら検証を目的とした投資を行なうにしてもコストははるかに小さく抑えられるでしょう。最初から無作為に大きく始めてしまうのではなく、手探りの感覚を持ちながらまずは小さな一歩を踏み出すことが得策なのです。
何より重要なことは、いち早く顧客の期待を知ることです。しかし、ブランドを供給する側のアクションがなければ、顧客の期待など存在するはずもありません。中長期的なブランド戦略の根幹を成すブランド・アイデンティティを策定するとなると、どこから手をつけていいのかわからず及び腰になり、結局、いつまでたっても何もはじめられないということもあるかと思います。ですが、行動できないのは、問題を必要以上に大きく捉え、肝心なところを押さえられていないからです。行動を起こすためには、まずできることから効果的にはじめることが重要だと私は考えます。ポイントは、可能なら何をやってもいいというのではなく、明確な効果が得られるところからはじめることです。目的を明確にした計画のもとで、きちんと効果検証とコントロールを行なえば、たいていのことは前に進むはずです。ブランディングにおいて重要な「顧客の期待を知り、顧客の期待を超える」ということは、実は「卵が先かニワトリが先か」といった問題だったりします。であれば、どちらが先かと答えの出ない問いを続けるより、まずは卵を産んでみることです。はじめに産む卵として、Webコミュニケーションは非常に適したものです。そこに集まる小さな声や足跡のひとつひとつを大切にして、顧客の期待を想像することこそが、本格的なブランド構築活動の始まりとなるでしょう。
さあ、さっそくWebブランディングを始めてみませんか?
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