CHI 2009参加報告
ユーザビリティ・エンジニア 潮田 浩2009年4月5日から9日までの5日間、アメリカ合衆国のボストンで開催されたCHI 2009(Conference on Human Factors in Computing Systems)に参加してまいりました。私は昨年4月にイタリアのフィレンツェで開催されたCHI 2008にも参加させていただいたのですが、そこで見聞きした最先端の技術や出会った研究者の方々から受けた刺激は、ユーザビリティエンジニアとしてのモチベーションとイマジネーションを膨らませる良いきっかけとなりました。今回の参加にあたっては、弊社のスタッフとして情報技術の最新動向をつかんでくるというミッションはもちろんありましたが、それ以上に、私のエンジニアとしての知的好奇心を満たしたいという気持ちのほうが大きかったように思います。
以下、簡単ではありますが、CHI 2009で私が体験してきたことについてご報告させていただきます。
CHIとは
CHI(カイと呼ばれています)は、計算機科学分野の世界最大の学会であるACM(Association for Computing Machinery)の分科会の一つであり、ユーザインタフェース、情報アーキテクチャー、ユーザビリティなどといった、HCI(Human Computer Interaction)の幅広い分野にまたがる最新の研究成果発表および教育の場として、毎年何千人という参加者を集めて開催されています。CHIは、HCIの分野では屈指の難易度を誇る国際会議として知られており、公式発表によると、今年度の論文投稿数1130件のうち、採択率は24.5%だったそうです。また、この1130件という論文投稿数は、これまで行なわれてきたCHIの中でも最多であるらしく、それだけこの分野に対する世界的な注目度がさらに増してきていると言えるでしょう。実際、会場は常に大勢の人たちでにぎわっていました。
本年のCHIカンファレンス
本年のCHIは、「DIGITAL LIFE NEW WORLD」というカンファレンステーマであったこともあり、新しいHCI技術のアイデアが紹介される中で、人間の社会生活とのかかわり合いに着目した研究発表やデモンストレーションも数多く見受けられました。その中でも、昨年のCHIに引き続いて注目されていたのは、Apple社の「iPod Touch」や「iPhone」などで用いられている、タンジブルまたはジェスチャー指向のインタフェースでした。会場のオープンスペースで行なわれていたデモンストレーションでは、1m×1mほどのテーブル型のタンジブル・ディスプレイが展示されており、その画面を手で触れる・動かすことでオブジェクトを動かしたりする操作を体験することができました。研究発表の中では、そのようなインタフェースの活用例が紹介されており、「Using Tabletops for Education, Science, and Media」というセッションでは、テーブル型のディスプレイのあらゆる分野での活用例と有用性が紹介されていました。近い将来、模造紙にマジックで書き込みながら共同作業をするような光景はなくなるのかもしれません。余談ですが、会場に来ている多くの人がiPhoneを持ち歩いており、さすがHCIの研究者が集まる会議だなと感じさせられました。
CHIでは、研究発表やデモンストレーションのほかにも多くのトレーニングコースが開講されており、私も「ユーザー観察法」「インタビュー法」「ユーザエクスペリエンス測定法」「カードソート法」といった、人間中心設計プロセスに適用されているメソッドを習得するコースをいくつか受講してきました。CHIのトレーニングコースでは、グループワークやエクササイズに多くの時間が割かれているため、エンジニアとしての実践的なスキルを身につけることができることができるうえに、世界各国から集まった研究者や学生とのコミュニケーションを楽しむことができるのが大きな魅力だと思います。たとえば、カードソート法のコースである「Innovations in Card Sorting: A Hands-on Approach」では、あるショッピングサイトにあるナビゲーションのカテゴリーやラベルを決定する課題を行ったのですが、調査データの扱い方から実験による妥当性の検証までの一連のプロセスを、グループ・ディスカッションを行ないながら進めていきました。私は、アメリカ・イギリス・ギリシャからきていた研究者の方々と一緒のグループだったのですが、つたない英語ながらも積極的に自分の意見を述べながらコミュニケーションをとっていくことで、なんとか課題を最後まで成し遂げることができました。コースで学んだ内容の面白さもさることながら、そこに集う世界中の研究者や技術者が抱いているHCIにかける熱い思いを肌で感じることができたのは、私にとって非常に良い刺激となりました。
おわりに
以上、CHI 2009の模様について簡単にご報告させていただきました。さまざまなセッションやコースに参加する中で今年も多くの刺激を受けることができましたが、CHIに参加している研究者や学生は非常に好奇心や向上心が強く、どんどん新しいものにチャレンジしていこうという気概を持っているのが印象的でした。そのような熱い思いから創出される新しいアイデアが、きっと未来の情報技術・HCI技術につながっていくのではないかと思い、エンジニアとしての思いを新たにしたところです。
2010年のCHIはアメリカ合衆国のアトランタで行なわれます。興味をお持ちの方は、是非とも来年度のCHI参加を検討されてはいかがでしょうか。
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