目で見て仮説を構築する
ユーザエクスペリエンス本部 UXリサーチャー 潮田 浩ある家電量販店で見かけた光景
先日、私用で新宿の家電量販店に出向く機会があったのですが、そこで興味深い光景を見かけました。20代前半と思しき男性客は、持っていた小型のタブレット端末の画面を店員に見せると、そこから電子レンジのコーナーに案内されていきました。そこで男性は、ある一つの電子レンジの前に立ち止まり、その商品を見たり触ったりしていたのですが、再度タブレット端末を取り出し、そこから10分間くらい、タブレット端末を操作したり、いくつかの電子レンジを見たり触ったりを繰り返していました。最後には、いくつかの電子レンジの写真を、ポケットから取り出したスマートフォンで撮影して、結局は商品を買うことなく店を後にしていきました。
その男性客が、電子レンジの前でタブレット端末を使いながら何を調べていたのか、どのサイトやアプリを使っていたのかは、画面を覗き込むわけにもいかなかったためわかりませんでしたが、おそらく以下のような行動をとっていたのではないかと私は推察しました。
- 最初は、インターネットで見つけたお目当ての電子レンジがあり、その写真か型番を店員に見せて、その商品がお店に置いてあるかどうかを確認。
- お目当ての電子レンジの実物を目視で確認しつつ、メーカーサイトでスペックなどの詳細情報を確認。
- 店頭に並んでいた他の商品も気になり、メーカーサイトや口コミサイトで情報収集、もしくは、ソーシャルネットワークを利用して友人に相談。
- 自宅でもっと慎重に商品を検討しようと考え、この日は買わないことを決めたが、商品の写真だけは参考情報として利用できるように実物を撮影。撮影にスマートフォンを使ったのは、タブレット端末での撮影ではさすがに店員の目線が気になるので、より小型で目立ちにくいスマートフォンで撮影。
この推察が正しいのかどうか、もしかするとそのタブレット端末上では、私の予想もつかないような方法での情報収集が行われていたのかもしれません。また、この一連の商品検討行動が、世間において一般的なものなのか、特異的なものなのかはわかりませんが、いずれにしろ、私にとってその20代前半と思しき男性客の行動はとても興味深く、「新しい行動スタイル」のように感じられました。
マルチデバイス時代のユーザーの実態は捉えにくい
この家電量販店での男性客の例のように、近年の情報端末のモバイル化・マルチデバイス化に伴い、実空間と情報空間が日常の中で複雑に入り乱れるようになってきています。
そのような背景もあり、最近では「マルチデバイス環境におけるユーザーのWebサイト利用実態」を明らかにすることを目的としたユーザーへのアンケート調査やインタビュー調査などを実施する機会が増えてきました。しかし、その調査結果からだけでは、ユーザーの行動実態がなかなか掴みきれないという問題に直面しています。おそらく、モバイル環境における利用文脈は非常に複雑かつ流動的であるため、ユーザーの記憶のみに頼る調査アプローチでは、その実態における断片的な部分しか取り出せず、行動の背景にある文脈が理解しにくいのではないかと考えられます。また、ユーザーごとに、どのデバイスを、いつ、どこで、どのような目的で、どのように使用するのかが、多種多様に異なっていることが多く、情報端末がほぼパソコンに限られていた時期よりも、行動パターンが見出しにくくなっています。
「会話分析」を通してユーザーエクスペリエンスを考える
このような問題意識のもと、昨年の秋に「モバイルUXを分析するワークショップ」と題して、専修大学の上平崇仁教授、国立情報学研究所の城綾実さんと共同で、実験的なワークショップを開催する機会をいただきました。このワークショップでは、社会学の分野で用いられている「会話分析」という手法を通してユーザーを分析し、モバイル環境における新たなソリューションを考えることを目的として、実験や考察を行いました。具体的には、「モバイル環境(渋谷の飲食店街)で、初めて会った二人が飲食店を探す」という状況を録画・観察し、その微細なやりとりに着目して、洞察を得るというグループワークを行いました。
会話分析の詳細説明や有効性に関する議論はここでは避けますが、「人間の微細なやりとりに注目して、洞察を得る」というアプローチについては、私自身、非常に大きな収穫がありました。たとえば、あえてモバイル端末を一切使わずに飲食店を探すグループを設けたのですが、飲食店を探していく過程の中で生じる二人のコミュニケーションの変化や、二人の視線が互いに影響を及ぼし合うことなど、漠然と観察しているだけではなかなか気づくことのできない人間の実態が浮かび上がってきました。逆に、モバイル端末を使って飲食店を探してもよいグループについては、二人があまり会話をせずに、それぞれが自分のモバイル端末を使って飲食店検索をしている光景が印象的でした。
目で見て仮説を構築することが重要
会話分析がマルチデバイス時代のWebユーザーエクスペリエンスの向上にどれだけ寄与していくのかについては、今後の非常に興味深いトピックの一つであると思いますが、会話分析に限らず、新しい情報技術が市場に投入され、ユーザーの行動パターンもどんどん変化していく時期におけるユーザーの実態を理解するためには、以下の3つの要素が重要になってくると私は考えています。
1. 現場に行って「目で見る」
モバイル環境における情報端末の利用文脈は非常に複雑かつ流動的です。したがって、実際の利用現場からは離れた状況で実施されるグループインタビューやデプスインタビューなどの会場型の調査や、ユーザーの断片的な側面しか取り出せないアンケート調査から得られるデータだけでは、ユーザーの実態を掴むためには不十分になってきています。やはり、ユーザーが実際に行動する「現場」に出向いて、そこで起こっているユーザーの実態を「目で見る」ことが、複雑なユーザーの実態を理解するための第一歩といえるでしょう。人間の五感・認知機能は、私たち自身が意識できているよりも、はるかに多くの情報を処理しているといわれています。「目で見る」ことによって、複雑ながらも興味深いユーザーの実態が少しずつ明らかになるのではないでしょうか。
2. 統計的な信頼性よりも、仮説を導くための洞察を重視する
ユーザーの理解やユーザビリティの検証において、必ずといってよいほど気にされてしまうことの一つは、調査データの「統計的な信頼性」です。現場での観察調査ともなれば、相当な予算とスケジュールが確保されている理想的な状況でもない限り、少数のユーザーへの調査しかできないのが実際のところだと思います。そうなると「調査データのサンプル数は十分か?」という話になりがちです。しかし、ユーザーの行動パターンが、我々が予想もしていないような形に変化している可能性のある時期においては、これまでの既存の枠組みをベースとして調査視点を構築すること自体に誤りがある危険性があります。このような流動的な時期においては、まずはユーザーの実態を深く理解・洞察できるような定性的なアプローチをとり、新しい枠組み=「仮説」を導くことを優先すべきではないかと思います。
3. あらゆる職種の人が「目で見る」
「目で見る」という取り組みは、これまでは主にリサーチャーやアナリストのような専門職種の人間のみが関わることが一般的でしたが、これからはもっと、Web制作に関わるあらゆる職種、ディレクター、IA、デザイナーなどの方々も参加していくべきだと思います。先述の通り、人間は私たち自身が思っている以上の優れた感覚・認知機能を有しています。多種多様な知見・バックグラウンドを持った人が、異なる視点からユーザーを観察して、どのようなソリューションを提供すべきかをディスカッションすることによって、より多くの優れたアイデアが生まれてくるのではないでしょうか。
今年はGoogle Glassのような拡張現実ウェアラブル技術の一般発売も噂されており、それに伴ってユーザーの行動パターンもどんどん変化していくことが予想されます。そのような時代におけるWebユーザーエクスペリエンスを考える足がかりとして、まずは、身の回りにある「現場」、たとえば、通勤途中の電車の中、路上、お店の中などで、人々がどのような行動をとっているのかを観察し、人々や社会がどのような実態になっているかの仮説を構築してみてはいかがでしょうか。もしかすると、未来の技術における、未来のWebサービスのアイデアが浮かぶかもしれません。
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