「声」の形は変わりやすい
UXリサーチャー / 上級執行役員 潮田 浩「この商品説明ページは情報がどこよりも充実していて便利ですね。商品を比較できる一覧表もありますし、ユーザーレビューまで付いていて、必要な情報はすべてここにあるのではないかと思います。検索機能も、大手のECサイトと比べても遜色なくて素晴らしいと思います。」
(32歳・男性、テレビの購入を検討中)
これは、ある家電メーカーのサイトをターゲットとなるユーザーに使ってもらったときに得られた「声」です。文句のつけようがないくらいポジティブな感想が得られたので、このWebサイトのリニューアルや運用に関わっている担当者の方は、ほっと胸を撫でおろしたのではないでしょうか。そして、このサイトをこのまま運用していけば、商品購入者数の増加など、ビジネス的にもきっとポジティブな効果が得られると期待することでしょう。
ユーザーの声は丸にも四角にもなる
先ほどの声は、たしかにターゲットとなるユーザーから得られたものですが、一つだけ説明をしていなかった点があります。それは「この声が、どのような状況の下で得られたか?」についてです。実はこのユーザーには、以下のような状況を想定してもらったうえでサイトを使ってもらいました。
「この家電メーカーのWebサイトで、自由に商品の検討を行ってみてください。最後に、サイトを使ってみての感想を聞かせてください。」
この説明を受けたユーザーは、このWebサイトのトップページからサイトを使い始め、トップページのメニューからテレビの商品カテゴリーページを見つけ、いくつかの商品説明ページを見るなど、自分の気が済むまで時間を使った後、「情報・機能がどこよりも充実していて便利」という感想を述べてくれました。ユーザーがサイトを操作している間は誰も操作に口を挟むことはなかったので、得られたユーザーの声は、十分に信頼に足るものであるように思えます。
さて、このユーザーですが、実はつい最近、パソコンに繋げるために使う液晶ディスプレイを購入していたということで、どのように商品の検討を行ったかについて詳しく話を聞いてみたところ、以下のような話を聞くことができました。
- まずは、「液晶ディスプレイ おすすめ」というキーワードで検索して、いろんなメーカーのおすすめ商品の情報がまとまっているサイトを見ました。数多の商品の中から、自力で細かい仕様を比較しながら選定するのはとても大変なので。
- いくつかよさそうな商品を見つけた後は、大手ECサイトや価格比較サイトで最安値をチェックすると同時に、ユーザーのレビューを入念にチェックしました。このようなサイトでは、良い評判だけではなく、悪い評判もちゃんとチェックできるので。
- 近くに家電量販店があるので、会社帰りに足を運んだこともありました。店員さんから、新製品の情報や、イチ押しのメーカーの商品特長や思想を教えてもらえて、よい候補がいくつか見つかりました。
以上は、液晶ディスプレイの検討行動ではありますが、このユーザーの知識や考え方がテレビでも同様のものと仮定するならば、テレビを検討する際においてもおそらく「商品の細かい仕様を自力ですべて比較しようとはしない」「ユーザーレビューは外部のサイトで得る」という行動を取ると予想できるのではないでしょうか。この予想が必ずしも正解であるとは限りませんが、少なくとも先ほどの例のように「メーカーのサイトですべての情報収集を行う」という行動が取られることはなさそうですし、その結果としての「このWebサイトの情報・機能がどこよりも充実していて便利」という声が得られることも、どうやらなさそうであると考えられるかと思います。それよりも、他のまとめサイトや大手ECサイトではなかなか得られにくい情報、たとえば、そのメーカーの新製品情報や商品特長・思想などの見つけやすさが優れているほうが、実際の検討行動の中では便利と感じてもらえるように思えます。
では、なぜ先ほどのような「実際とはかけ離れた感想・意見」が得られてしまったのでしょうか。重要なポイントは、このユーザーが決して嘘をつこうとしたわけでも、インタビュアーの期待に忖度しようとしたわけでもなく、ユーザーがサイトを利用した状況が「このサイトから(すべての)情報収集をするという、限定的・非現実的な状況」であったが故に、この声が生まれてしまったということです。ユーザーは、ある特定の枠組みに置かれたときに、無意識的にその考え方や行動が歪んだり縛られてしまうことがあり、一般的には「認知バイアス」と呼ばれています。今回の例の場合、その声を発するときの状況が「実際とは異なる状況・部分的な状況」であったこと、そしてその中で「本人が答えられる範囲での意見・感想」を述べようとした結果として、「情報や機能が充実しているに越したことはない」「自分が普段から使いやすいと思っている大手ECサイトと同レベルなのだから良い」といった、表層的・限定的にポジティブな反応となってしまった可能性があると考えられます。
Webサイトを運用・デザインを行っている当事者は、どうしてもそのデザインやコンテンツへの直接的な感想や意見を得ようとしてしまい、それが「ユーザーから得られた正直な声」と妄信してしまいがちですが、「声」の取り出され方によっては、それは必ずしもユーザーの真意や実態が正確に反映されたものではないことに注意する必要があります。
セミナーのご案内
「ユーザーの声」は、優れた利用体験をもたらすWebサイトを作るために必要な材料の一つであることは間違いありません。しかしながら、その声の取り出し方や理解の仕方を適切に選ばなければ、どんなにデータとしての声が得られたとしても、サイトの情報設計・デザインを誤った方向に導いてしまいかねません。また、サイトのコンセプトや機能・情報の内容まで大きく変わるようなフルリニューアルのために「声」を得るのか、それとも、現在の機能・情報をそのまま利用する中でのデザインの改善を行おうとしているときに「声」を得るのかなど、ユーザーの声を得るフェーズや目的の違いによっても、声を得るための手法が異なってきますが、その手法を適切に選ぶためには、「何の目的のために、どのような声の取り出し方があり、どのように情報設計やデザインに活用できるのか」を理解している必要があります。
そこで、Webサイトの構築・運用に携わる担当の方が、ユーザーの声を得る手段や活用方法をご理解いただけるよう、その考え方や実践方法を詳しく解説するセミナーを「UX向上のためのユーザーの声の活用方法」と題して、2022年1月18日(火)に実施いたします。
「ユーザーの声を得る」ことを実際に行うのは、もちろんUXや調査を専門としている人間ではありますが、Webサイトの戦略策定・構築・運用など、「声」を活用する立場にある方こそ、その「声」がどのようにして得られ、どのような価値や意義を持つかについて理解しておくことが重要であると考えています。このセミナーでは、Webサイトのデザイン・改善の具体的な実例を取り上げながらわかりやすくご説明いたしますので、すでにユーザーテストやユーザーインタビューを実施したことがある方はもちろん、これからユーザーの声を取り入れたWebサイトの構築・運用をご検討中の方でも、ご興味のある方はぜひご参加ください。
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