マーケティング・ミックスの4つのP
マーケターは、ターゲット市場から期待する反応を引き出すために、さまざまなツールを使います。こうしたツールによって構成されたものをマーケティング・ミックスと呼びます。マーケティング・ミックスの分類はこれまでさまざまなものが提唱されましたが、最も代表的なものは、1961年にアメリカのマーケティング学者、ジェローム・マッカーシーが提唱した、 製品 (Product)、 価格 (Price)、 プロモーション (Promotion)、流通(Place)からなる4Pという分類です。
はじめに書いたとおり、マーケティング・ミックスはマーケターがターゲット市場から期待する反応を引き出すために用いるマーケティング・ツールの組み合わせです。当然、企業は事業内容や戦略の相違によって、異なるマーケティング・ツールの組み合わせを行ないます。そのため、4Pという整理の仕方にも、これまで以下のようなさまざまな疑問が投げかけられてきました。
- フィリップ・コトラーは『コトラーのプロフェッショナル・サービス・マーケティング』(ピアソン・エデュケーション刊)の中で、プロフェッショナル・サービスのマーケティング・ミックスとして、物的証拠(Physical evidence)、プロセス(Process)、人(People)を加えた7Pを提唱しています。
- 個別化(Personalization)をマーケティング・ミックスに加えようという意見も出されました。
-
Pという頭文字に固執するのをやめ、各Pの本質的機能によって次のような再定義が提唱された時期もありました。
- 製品 = 構成(Configuration)
- 価格 = 評価(Valuation)
- 流通 = 円滑化(Facilitation)
- プロモーション = 象徴化(Symbolization)
これに対して、4Pというマーケティング・ミックスの視点はいずれも売り手の側の見方であり、買い手側の視点での4Cという根本的な批判を行なったのが、ロバート・ラウターボーンです。
買い手の視点から見た4C
ラウターボーンは、売り手は4Pを設定する前に、まず買い手の視点での4Cの検討から入るべきだと主張しています。4Cとは、顧客価値(Customer value)、顧客コスト(Customer cost)、利便性(Convenience)、コミュニケーション(Communication)からなり、それぞれ4Pに対して以下のような形で対応しています。
ラウターボーンが主張しているのは、マーケターはターゲット市場の顧客を4Cの視点で理解すれば4Pの設定もはるかに容易になるということです。そもそもマーケティングがターゲット市場を決め顧客を理解することからはじめる活動だということを考慮すれば、ラウターボーンの主張は極めて正当性があります。どんなベネフィットをもたらす製品を開発するのか、どんな価格で売るか、どんな販売チャネルを使うか、どんなプロモーションを行なうのかといった判断も、対象となる顧客や市場が決まっていて初めて下すことができます。適切なマーケティング・ミックスを行なうためにはまず顧客ありきの視点が必要なのです。しかし、逆に言えば、4Pが マーケティング・コンセプト に基づくものであることを考えれば、4Cの視点はあらかじめ4Pの中に埋め込まれているということもできます。顧客志向でないマーケティングなどありえないのですから。
マーケティング・ミックスは事業戦略を具現化するアクション・プラン
さて、企業がマーケティング・ミックスを行なうのは、自社の製品あるいは企業そのものを、競合製品、競合他社から差別化し、売り上げにプラスの影響を与えるためです。そのため、どのようなツールをどのように組み合わせてマーケティング・ミックスを行なうかは、先に述べたターゲット市場の顧客の興味や関心、ニーズだけでは判断できません。市場における製品ライフサイクルや自社の企業規模なども考慮する必要があります。
例えば、 製品ライフサイクル が製品の導入期であれば、製品に対する意識と関心を高めてくれる広告やパブリシティなどが最も効果的なツールだと言えるでしょう。それが成長期であれば、流通チャネルの拡大を図ることや、製品自体の機能の改良やモデルチェンジが必要となってきます。成熟期、衰退期においても企業はそれぞれ最適なマーケティング・ミックスを考える必要があるでしょう。
また、同じような製品を売る場合でも、大規模企業と小規模企業では適切なマーケティング・ミックスが必然的に異なります。そもそもマーケティング・ミックスを一部の大規模の企業だけに通用するものだと捉えるのは誤りです。規模が小さくても適切なマーケティング・ミックスを行なうことは、ターゲット市場から期待する反応を引き出すために必要なことですし、むしろ、あまり多くのツールの組み合わせを行なうことができない中小規模の企業こそ、マーケティング・ミックスを真剣に捉える必要があります。自社の事業戦略を明確化し、それに基づいてマーケティング・ミックスを考えることは、「数打ちゃ当たる」方式の組み合わせも可能な大企業的なマーケティング・ミックスを実行できない、中小規模の企業にこそ、成果(収益)を追求する上で切実な課題なのです。
その際、 ランチェスターの法則 が参考になります。例えば、プロモーションを考えてみましょう。マーケット・リーダーなら大々的に広告を打つ余裕があるため、人的な販売促進はそれに対して控えめにすることができます。一方で、規模の小さな企業は中途半端に広告費を割くより、人的な販売促進活動にコストを集中して自社製品のより深い理解を得るといった接近戦的方法をとる必要があります。規模の大きさは企業の強みの1つですが、強みのすべてではないことを十分理解した上で、大企業、中小企業ともに自社の規模を活かした適切なマーケティング・ミックスを行なうことが重要です。
このようにマーケティング・ミックスは、企業がターゲットとする市場や顧客、製品ライフサイクル、企業規模など、さまざまな外部環境要因、内部環境要因によって、適切な組み合わせが変わってきます。つまり、適切なマーケティング・ミックスを行なうためにはまず、 SWOT分析 などに基づく適切な事業戦略が必要になるということです。マーケティング・ミックスとは、いまだ形を伴わない事業戦略を具現化するアクション・プランなのです。
事業戦略とマーケティング・ミックスは切っても切り離せない関係にあり、一方がなければもう一方もうまく機能しません。実行を伴わない戦略は何ら価値を生み出しませんが、戦略のない実行は成果(売り上げ)と同時に予期せぬコスト(赤字)を発生させかねません。マーケティング・ミックスとは、単なるマーケティング・ツールの組み合わせではないことをしっかり認識しておく必要があるでしょう。
1つの大きなPと小さな4つのP
すでに買い手の視点での4Cという考え方を紹介しましたが、買い手である顧客の視点を考えると、マーケティング・ミックスの4つのPを1つの大きなP=製品(Product)に集約してしまうことも可能でしょう。価格も、流通も、プロモーションもすべて、顧客から見れば、製品の一部です。実際、顧客は、購入しようとした店の店員の対応が悪ければ、途中で購入をやめたりします。ハーバード・ビジネススクールのセオドア・レビット教授の「人は製品を買うのではない。製品がもたらすベネフィットに対する期待を買うのである」という言葉を、好意をもって曲解するなら、人に買いたいと思わせるものはすべて製品の一部だと言い換えられます。パッケージングや価格は当然のこと、広告などのコミュニケーション、店員やコールセンターなどの対応もすべて、顧客の購買行動を左右する要因という意味では、製品の一部と考えるべきでしょう。
そのように考えると、マーケティング・ミックスがなぜ必要なのか、何を目指せばいいのかが理解しやすくなるのではないでしょうか。マーケティングにおいては、差別化、ポジショニングが重要な課題です。マーケティング・ミックスは 差別化 、 ポジショニング を実際に可能にするものです。自社製品を競合製品と差別化して、顧客に買いたいと思わせるようポジショニングし、実際に購買行動までつなげるために行なうものです。4つのPはそれぞれ、最終的な顧客の購買行動を誘引するものであり、マーケティング・ミックスとは大きな意味では顧客の購買対象そのものなのです。
製品、価格、流通は同じでも、プロモーションによって顧客が感じるものが大きく異なれば、顧客の購買意欲やその結果としての購買行動は全く異なるはずです。レビットの言葉を用いるなら、プロモーションの違いが「製品がもたらすベネフィットに対する期待」を全く異なるものにするのです。マーケティング・ミックスによってマーケターが実現すべきことは、顧客が興味を持ち、欲望し、購買行動に至るような期待の持てる約束(Promise)という大きなPを、4つのPの適切な組み合わせにより生み出すことです。こう考えると、最初に紹介した4つのPか、7つのPかといった議論があまり意味がないことがわかるでしょう。Pをいくつに分類するかが重要なのではなく、最終的に効果を生み出すような大きなP(約束=顧客の期待)を実現するのに、最適なマーケティング・ツールの組み合わせをMECE(モレなくダブリなく)行なうことが、真に重要な課題なのですから。
マーケティング・ミックスの4Pをインターネット戦略に活かすには?
マーケティング・ミックスを顧客が価値を感じる(買いたいと思う)約束という大きなPを生み出すためのものだと捉えると、それは顧客の頭の中に競争力のあるブランド価値を生み出す活動としてのブランディングの考え方ともリンクしてきます。ブランディングとはあらゆるマーケティング・ツールの組み合わせによるシナジー効果を駆使しながら、顧客の意識の中にブランド(名前、ロゴなど)とブランドの約束(顧客が期待する価値)を結び付けていく活動だからです。
マーケティング・ミックスがミックスであるゆえんは、ただ複数のツールを使えばいいというのではなく、複数のツールの組み合わせによるシナジー効果があらかじめ期待されているからです。その組み合わせに一貫性、整合性、統一感がなければ、ミックスする意味はありません。その際、4つのPそれぞれの施策が整合性をもって大きなP(=顧客との価値ある約束)を生み出そうとするときのポイントは、自社の弱みではなく強みに集中するということでしょう。製品、価格、流通、プロモーションの4つのシナジー効果により、競合他社より秀でた自社の強みを、より強力に差別化しポジショニングしていくことが重要なのです。インターネット戦略を考える際にも、Webサイトを単なるプロモーション用のツールだと限定して捉えるのではなく、4つのPの視点で最終的な大きなPを生み出すツールと捉えることでより効果的な活用ができるはずです。
それでは最後に、インターネット戦略を4つのPの視点で考えてみましょう。
1. プロモーションと流通
これまで多くの企業が捉えていたインターネットの活用法の多くは、製品の認知や販売促進を目的としたプロモーション・ツールとしての活用法か、流通チャネルの1つとしてのEコマースとしてのそれでしょう。もちろん、この2つの活用法は今後も有効であり、最も一般的な活用法であり続けるでしょう。しかし、これまでのようにインターネットやWebサイトを単なるプロモーションや流通のツールとして一元的に捉えていたのでは、より大きな効果を生み出せません。今後はインターネットやWebサイトを、顧客に価値ある約束を生み出し事業収益を拡大するための、事業戦略の実行プランであるマーケティング・ミックスの一環としてより大きな視点で考える企業だけが、Webサイト運用から期待どおりの効果を得ることができるでしょう。
2. 製品
4つのPの視点で捉えることで、Webサイトそのものを製品のくくりの中で考える視点が出てきます。現在でもカスタマーサポートのツールとして、あるいはより進んだ形ではお得意さま向けのエクストラネットとして、Webサイトを活用している企業もあります。この視点でWebサイトの活用方法を考えるポイントは、先にも述べたようにインターネットを使うと自社製品の強みをいかに拡張できるかという、強みに注目した形でアイデアを練ることです。自社製品の強みと無関係だったり、ヘタに弱みを補おうとするのでは費用対効果はあまり望めないでしょう。
3. 価格
「インターネットだからお店で買うより安い」などというのは価格戦略(プライシング)の考え方とは言えません。むしろ、気をつけなくては顧客に製品自体を「安物」とインプットしてしまう危険性さえあります。逆に価格戦略的には、Webサイトがあるからこそ他より高い値段である(あるいは、安くてもただ安いわけではない)という正当性を、他の3つのPをうまく利用しながらWebサイトそのものに持たせることを考えるべきでしょう。
ミツエーリンクスでは、デジタルメディアにおける企業と顧客とのコミュニケーション課題を解決する、さまざまなサービスをご提供しています。ぜひ一度サービスページをご覧ください。