ユーザビリティは顧客満足度を高めるか?
代表取締役 髙橋 仁新しい風というものは実に気持ちのいいものです。この春入社した新卒の風は、社内を明るく元気づけてくれます。先輩たちは教えることだけを考えていますが、実はそれを通して多くを学びとっているように思えます。教わっているのは先輩たちの方かもしれません。
ユーザビリティという単語は辞書を引くと、使える、便利な、等の意味を持っています。 2年ほど前から、Web分野においてもユーザビリティの必要性が叫ばれはじめました。「ユーザビリティの向上で顧客満足は達成する」という短絡的な考えにおちいってしまいがちですが、言葉の定義と役割をもう少ししっかり捉える必要があると私は考えます。なぜなら、間違った認識で活用すると、目的を達成されることはできず結果的に「やっぱりユーザビリティなど意味ない」と、これまた間違った結論を導き出してしまうからです。
今日は、ユーザビリティとは何か?を国際規格の定義を用い説明します。また、Web分野でなぜユーザビリティが重要だと言われ始めたかを歴史的な視点で捉えてみます。さらに、 ユーザビリティの果すべき本来の役割は何かについて私の考えをまとめてみます。
ユーザビリティとは?
ユーザビリティに関してはいろいろな書物が出ていますが、大元にさかのぼって国際規格で定義されている言葉を分析することから始めたいと思います。世界でこの分野が最も進んでいる国はドイツです。ドイツはもともとヒューマンインターフェースや人間工学の分野で優れた実績を持っています。ユーザビリティ関連の国際規格には、ISO9241−11やISO13407がありますが、その基になったのはドイツの認定機関が定義した「DATech」というテクノロジー認証に関するもので、それをISO(国際標準化機構:International Organization for Standardization)が国際規格として採用したといっても過言ではありません。
世界(82カ国)の合意のもとで制定された言葉を借りれば、ユーザビリティとは、「ある製品が指定されたユーザによって、指定された利用の状況下で、指定された目標を達成するために用いられる際の、有効さ、効率及びユーザの満足度の度合い(ISO 9241-11:1998, 定義3.1) 」となります。さらに、各キーワードは
- Effectiveness(有効さ):
-
ユーザーが指定された目標を達成する上での正確さ、完全性
- Efficiency(効率):
-
ユーザーが目標を達成する際に、正確さと完全性に費やした資源
- Satisfaction(満足度):
-
製品を使用する際の、不快感のなさ、及び肯定的な態度
という具合に、ユーザビリティ本来の意味は、使いにくさ、判りにくさなどのマイナス面がどれだけ小さいかを表す言葉として定義されています。
Web分野でなぜ、「ユーザビリティ」がブームになったか?
非常にシンプルな回答になります。「その領域まで達したから!」です。やっとユーザの視点でものごとを考えられるようになったということが真相だと認識しています。この詳細は、Webに限らずインターネットの歴史を振り返れば比較的容易に説明ができます。IIjが商用インターネットプロバイダーとして日本で初めてサービスを開始したのは、1993年11月です。未だに10年もたっていません。現在ブラウザにおいて世界標準として君臨しているIEでさえ、1995年の出現です。その当時はIEなど誰も相手にしないブラウザでした。圧倒的にネットスケープ・ナビゲーター(NN)のシェアが大きかった事実があります。それぐらいバグだらけだったのです。また、今では信じられないでしょうが、その当時はメール送信でさえ文字コード(JIS、S-JIS、EUC)変換がうまくいかず文字化けと闘っているような状態だったのです。
さらに、インフラ、ハード、ソフト面においては、あらゆるものが雨後の筍のように出現し、ある時は塗り替えられ、バーションアップしてきたのがこの分野の歴史です。技術革新との闘いそのものだったのです。ここに来てやっと落ち着いてきた。そこで「そろそろ使う側の立場も考えよう」という段階に差し掛かったのが今日なのです。いたって必然的な成長プロセスといえます。
満足に影響を及ぼす2つのサービス属性
「満足」という意味を一度整理しますとユーザビリティの位置付けがより明解になります。私が愛用している本にはこう書かれています。「企業が提供している有形・無形のサービス属性を大きく分けると、本質サービス(機能)と表層サービス(機能)に二分できる。(Swan&Combs,1976)」解説すると、
- 本質サービス
-
顧客が支払う代価に対して当然受けうると期待しているサービス属性。
- 表層サービス
-
代価に対して必ずしも当然と思わないが、あればあるに越したことはない期待サービス。
車であれば、ブレーキを踏めば車が止まり、右にハンドルを切れば、右に曲がるなどは、本質サービスと言えるでしょう。表層サービスとは、自分の好きな色合い、デザイン、ブランドイメージなどということになります。
この2つのサービス属性を踏まえた上で嶋口 充輝氏は、著書で下記のような解説を行っています。私はこの考え方を支持します。
企業がその本質サービス属性をある最低許容水準以下のレベルにしてしまうと、その、満足はゼロ以下に(つまり、マイナスの満足=Dissatisfaction)になってしまう。しかし、その最低許容水準以上にサービス充実度を上げても、確かに全体満足度はそれに応じて上昇するが、ある程度の充実点以上に達したところで、満足度は水平状態になりそれ以上に上昇しなくなる。その意味では最低許容水準のサービス充実度が不満をつくらないという点では重要な意味をもち、満足そのものを大きく上昇させるとういう点ではそれほど努力の投資効果がないと言えよう。一方、表層サービス領域でみると、これは顧客にとって期待されているわけではないので、このサービス属性がゼロであっても別に顧客は怒りの不満にはならず、単に満足していない(満足でも不満でもないのでゼロのまま—Un-satisfaction)の状態といえる。しかし、表層サービスの属性は、それらを充実させていくと、次第に満足水準が上昇しているといえる。その意味では、表層サービスは、顧客の満足を直接向上させるための重要なサービス属性といえる。
顧客満足型マーケティングの構図—新しい企業成長の論理を求めて 嶋口 充輝 (著) 有斐閣
表にすると次のようになります。
図の引用:顧客満足型マーケティングの構図—新しい企業成長の論理を求めて
嶋口 充輝 (著) 有斐閣
つまり、
- 本質サービスを充実することは、不満足をゼロにもっていくことはできても、満足を高めることは出来ない。(例-車 ブレーキが利く、ハンドルを右に切れは右に曲がる、エンストを起こさない・・・・etc)
- 表層サービスは、満足を高めることには貢献するが、前提として本質サービスが出来ていないと成立しない。(例-車 ボディーラインが美しい、デザインがいい、カッコいい・・・・etc)
と解釈しています。
ユーザビリティの果すべき本来の役割は何か?
上記を踏まえると、ユーザビリティは顧客満足度を高めるためにあるのではなく、不満足度をゼロにするために存在するものということになります。顧客満足のために、どんなにカッコいいボディライン(表層サービス)にしても、ブレーキを踏んでも止まらない(本質サービス)ような車は誰も乗らないし買わない、ということです。
このようにユーザビリティを本質サービスの一つであると認識しますと、その役割・重要性・活用方法が、より一層明確になるものと考えます。
将来的な流れ
Web領域において、現在もユーザビリティの必要性は高い支持を得ていますが、この分野全体が成熟していくプロセスとして必然的な段階であることを解説してきました。しばらくはこの状態が続くものと思われますが、全体のレベルがある程度まで達した段階で、マイナス面をどれだけ小さくするかという本質サービス(不満足度の削減=ユーザビリティ)から視点は大きく変化し、より高い次元で、プラス面をどれだけ高くするかという表層サービス(満足度の拡大=独自性、差別化、ユーティリィ、ブランディング等)の重要性が本格的に表舞台で叫ばれるようになると推測します。
いずれにしても、各企業が現状における戦略は何かを捉えた上で、両者のバランスを取ることが最も重要です。
最後に
企業のWeb担当者様にも本コラムをよく読んで頂いているようですが、ユーザビリティに関して一言申し上げるなら、技術面や書籍を鵜呑みにするのではなく、「顧客(ユーザ)の視点」で自社のサイトを見直してみること。ナビゲーションにおいては統一感を気にすること。そして、満足度を上げることだけでなく、不満足度を削減することは極めて重要な意味を持つことを認識すること。これらの「意識」をもって取り組むだけでも、見違えるほど、サイトはよくなってくると思っています。
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