変容の中における所与としての2009
取締役 兼 事業展開室 室長 藤田 拓20世紀のメディア・コミュニケーション
2009年は21世紀に拡がる「転回」の一通過点に過ぎません。遡ってみれば、前世紀を席巻したメディアにおけるコミュニケーション的転回も、現在と同様の脅威を与え、取り巻く時流を過ごしつつ、そのまま20世紀を覆い尽くしました。
瞬く間に、大衆が劇的に進歩した最新の通信技術の恩恵に浴せるような時代になった。(中略)技術の進歩は日々とどまることを知らず、旧来のビジネスモデルはもはや役に立たないように思える。(中略)これは今から100年前、20世紀初頭に巨大産業が出現したときの記述だ。勃興期の電力と電話網のインフラストラクチャを利用してこれらの産業資本家は米国経済に変貌をもたらした。
カール・シャビロ、ハル・R. バリアン著『ネットワーク経済の法則』
上記のような20世紀的転回は、世界恐慌、大戦、オイルショックをはじめとしたさまざまな社会的事象の中を展開し続けてきたのです。これらの事象はその当時における所与の条件といえますが、20世紀におけるメディア・コミュニケーション的転回は、この与件を受けつつも持続的に展開してきたといえるでしょう。
情報保有の優位性とクラウド
21世紀に目を向けてみましょう。20世紀後半に出現したWebは明らかに社会のインフラとして定着しており、Web依存期といえるほどの状況が生まれてきています。世界の多くの人がWebから情報を得、かつ、自分たちの行動やその裏にある欲求をWeb上に記録しているといえます。
マイクロソフト社のビル・ゲイツ氏は1995年当時、「ビル・ゲイツ未来を語る」の中で、こんな場面をフィクションとして付け加えています。
「情報をどれだけ持ってる?」「スイスはすごいよ、あれだけの情報を抱えてるんだから!」「情報価指数が昇り調子なんだってさ!」
ビル・ゲイツ著『ビル・ゲイツ未来を語る』
彼のいったフィクションは正しく、現在「情報」を多く保有したものが強大な力を持っています。しかし、それは国家ではなかったのです。21世紀初頭で考えると、それは今年のバズワードになるであろう「クラウド」です。クラウドとは、コンピューターシステムを図解する際、ネットワーク群を「雲」の形で示すことから派生しており、今では大量のサーバー機器を駆使し、ネットワーク上のサービスを展開することを意味します。Google社がその筆頭になっており、彼らが所有するサーバーに集約している情報は、人々の欲求から生み出される振る舞いのデータさえも蓄積しているといえるでしょう。そのバックグラウンドとなっているのは、Google社の卓越した、センスのよい技術も大きいですが、もう一つの支柱といえるのは膨大な設備です。一説によれば、Google社の保有しているサーバー台数は控えめに見て、すでに20万台を超える(一説には100〜200万台超!)そうです。この巨大なサーバー群が人々のWeb上の行動を助け、その行動を記録しているのです。そこにはシステムに媒介された、より直接経済的な広告システムも生まれてきています。先ほどの「ネットワーク経済の法則」の引用を準えてみると、クラウドは経済に変貌をもたらす21世紀の新しいインフラストラクチャなのでは、と思えるものであり、100年をスパンとした循環めいたものを感じます。
2009年恐慌におけるWeb
2009年は恐慌まっただ中の年といえるかもしれません。いまだ世界的金融危機はとどまるところを知らず、世の中はこの話題で持ち切りです。全体の予算制約領域は今年明らかに減少し、コスト(機会費用)に対する感受性がより高くなってくると予想されます。では、Webは今後縮小していくのでしょうか? そうでないことは、冒頭の20世紀の展開を見ても明らかでしょう。人は知見を得たとき、知識を脳の中に「置く」のではなく、脳そのものが「変容」するのです。つまり、享受した知見は消去できず、その変容を元にして次なる変容を迎えるという、その持続的過程を終焉まで繰り返し続けるのです。それと同様に、人々が織りなす文化・文明の進行は不可逆であり、一度迎えた変容はその後の変容を待つのみです。
実際、Webにおける情報を欲求する総数が減ることはなく、今後も増え続けることでしょう。さらにいうと、マズローの自己実現理論で生理的欲求の次に安全の欲求がくることから考えると、この危機的状況においては、自分たちの安全を求めるため人々はより多くの情報を得ようとするでしょう(初めてのパラシュート降下の際にはさまざまな情報を求めるように!)。このように不況期には、総費用がかからない方向に向きつつ、情報への欲求も高まります。つまり、一単位当たりの有効情報取得コストが安くなる状況に進んでいきます。
より研磨されたWebへ
上記の恐慌的与件を受けて市場が情報を渇望する中、情報の生産コストを低くするにはどうすればよいでしょう? その一つは標準化です。実際、戦時には兵器構築のさまざまな部分が標準化され、そのデリバリーの時間を短縮し、かつ品質を向上させているように、Webへの情報供給についても標準化の重要性は増してくるばかりでしょう。また、よりシステマチックに情報を提供・管理するニーズも増えてくるとも考えられます。そのためにはCMSをはじめとするWebアプリケーションの活用はより進み、一情報単位の提供コストを下げる方向に動くことでしょう。
また、情報を受け取る側の視点から考えると、より効率よく情報を取得できることが重要です。ここにおいても標準化は重要で、よりさまざまなインターフェイスで取得しやすいマシンフレンドリーな、かつヒューマンフレンドリーな仕様が好まれることでしょう。そして、自分の求める情報を探しやすい、ユーザビリティ、ファインダビリティの高いWebが好まれるのではないでしょうか? 上記のようなWeb技術は元々あるものですが、現在の状況ではこれらの研磨がより強く進んでいくと私は思います。
また、先ほどふれたクラウドについても、2009年は好要因といえるでしょう。世界中どこでも利用できて、低コストなクラウドのサービスは、好況のときよりも今の不況のときにより選好されるため、今後の普及はさらに進んでいくと考えられます。
今回の恐慌は、Webによるメディア・コミュニケーション転回後、初めてもたらされたものです。逆にいえば、いつの時代であれ、このような新しい転回は危機的社会状況を迎えることにより磨き上げられ、来る次世代の恩恵になっていくという循環なのかもしれません。そして時間とともに来訪する所与の条件をただ受け止めつつ無言に展開していくということでしょう。
Web業界で仕事をしている者としては、さまざまな展開が拡がるであろうことに高揚する部分もありつつ、常にこの外的変容を感じ続ける必要性も感じています。そして、この2009年の状況を所与として受け取りつつ、漸進的に勤めていきたいと思っております。
本年も宜しくお願いいたします。
Newsletter
メールニュースでは、本サイトの更新情報や業界動向などをお伝えしています。ぜひご購読ください。