UXデザインの視点から考える運用ファースト
ユーザエクスペリエンス本部 UXリサーチャー 潮田 浩申し込みフォームは短い方がよい?
「申し込みフォームはステップが長くなると途中での離脱が増えてしまう」という話、Webの仕事に携わられたことがある方であればどこかで耳にしたことがあるかもしれません。
私もよくオンラインで日用品や書籍を購入するのですが、何か商品を購入したいと思い立ったときに、何ページも続く申し込みフォームや入力項目が非常に多いフォームに出くわすと「うーん、面倒だなぁ」と思ってしまうことはしばしばあります。とはいえ、私はわりと辛抱強い性格なので、頑張ってフォーム入力を完了させているのですが、いずれにしろ、私の経験に限って言えば「入力フォームは短い方がよい」という「一般的な法則」は、これまでまだ一度も反例があげられることなく支持され続けています。
サイト固有の特性によってユーザーエクスペリエンスは異なる
ある金融商品のオンライン申し込みフォームを数名のユーザーに使ってもらうユーザビリティ調査をしたとき、ユーザーからの意外な意見を耳にしました。そのフォームは、一般的なオンライン申し込みフォームと比べると入力項目が多く、数ページに渡って入力が求められるものでした。
ある50代の男性ユーザーの方がこのフォームの入力が完了した後に、私は「このフォームに入力は容易にできましたか?」と尋ねました。この質問をした私の心の中には、「このフォームはさすがに長すぎて、入力が大変と感じるに違いない」という仮説があったため、「大変でした」というユーザーからの答えを期待していました。ところがその答えは意外なものでした。「まったく問題なかったです」「安心感がありますね」という返事が返ってきました。理由を尋ねてみたところ「購入にあたって、ちゃんと聞くべきことを漏れなく聞いてくれたから」「入力項目はたしかに多かったけど、高い買い物(金融商品)をするときは、あまりに簡単に購入できてしまうとむしろ不安になる」「もしこの商品を買うときにあまりに短いフォームだったら、途中で不安になってしまい、もしかするとコールセンターに電話をしてしまうかも」とのことでした。つまり、このユーザー×高額商品の購入という組み合わせにおいては、入力作業での「面倒臭さ」よりも、「不信感・不安感」という体験の方が、途中離脱の要因になりやすかったのです。
この実際に私が遭遇した事象は、ターゲットユーザーの心理、商品の特性、サービス全体におけるWebサイトの立ち位置、サイトの情報構造など、サイトそれぞれが有している固有の特性によって、たとえば「フォームは短い方がよい」のといったようなこれまで一般的に支持されてきた経験則が、必ずしも最適なデザインとはならなくなってしまった一つの反例であると言えます。
「予測」よりも「計画」を大切にする
Webサイト固有のユーザーの行動や体験はとても予測しづらいものです。たとえ、Webサイトの構築段階で念入りにユーザーのことを調査して、何度もプロトタイピングを実行したとしても、その予測精度には一定の限界があります。おそらく、ユーザビリティやユーザーエクスペリエンスに関する知見を多く持っているアナリストやデザイナーでさえも、どのようなデザインがどのようなユーザーの行動や体験を生み出すかを予測するのは不可能なのではないかと思います。
それゆえ、ユーザーエクスペリエンスを向上させていくためには、Webサイトの構築段階でユーザー体験を「予測する」ことのみに注力するのではなく、運用段階でユーザーの行動や体験を「測定しながら理解していく」ことが重要であると言えます。そして「測定しながら理解する」ためには、運用段階になって後付け的に調査を実行するのではなく、Webサイトの構築段階から、どのようなデータを測定し、どのような角度から分析を行い、どのようにインターフェイス改善を行っていくかといった、運用段階での改善活動を見据えた「計画」を十分に立てておくことが必要であり、それが改善活動を実行していくための基盤となります。
さらに、測定と理解に基づく改善を「素早く何度も繰り返せる」ように仕組みづくりをしておくことも必要です。改善活動の基本はトライ&エラーです。改善案を導き出したとしても、それを素早く適用できなければ、そのデザインが意図した体験を提供できているのかどうかをなかなか検証することができませんし、サイト固有のナレッジも蓄積できません。
ユーザーエクスペリエンス向上のための「計画」とは、「測る仕組み」と「直す仕組み」の両方を、Webサイトの構築段階から考慮しておくことと言えるかと思います。
運用ファーストとUXデザイン
当社では、2015年のスローガンとして「運用ファースト」というキーワードを掲げさせていただきましたが、「ユーザーエクスペリエンスの向上」という視点からも、非常に重要なキーワードであると私は考えています。
ユーザー調査、ペルソナ・シナリオ手法、カスタマージャーニーマップなど、UXデザインの重要性や有効性は広く認識されるようになりましたが、それらの手法は、構築段階のみでユーザーエクスペリエンスの課題を完璧に解決しうる「銀の弾丸」ではありません。さらに今後は、情報端末のモバイル化・マルチデバイス化などに伴い、ユーザーの行動や意識はさらに複雑で流動的になっていくことが予想されるため、これまで蓄積されてきた一般的な経験則も適用できなくなるケースもますます増えてくるのではないかと思います。
そのゆえ、Webサイトの運用段階でユーザーとのコミュニケーションを着々と最適化していけるよう、「運用段階での改善を見据えた仕組みづくり」、すなわち「運用ファースト」の視点が必要なのではないでしょうか。
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