人間による、人間のためのWeb
エグゼクティブ・フェロー 木達 一仁生成AIの進化はとどまる所を知らず、まさに日進月歩です。自ずと開発競争、シェア争いも激化しているようで、OpenAIのChatGPT、MicrosoftのCopilot、それにGoogleのGeminiの3者からは、文字通りにしのぎを削る印象を受けます。
生成AIに関するニュースのなかでも、最近とくに驚かされたのは、GPT-4oの発表です。リアルタイム音声会話のデモンストレーションは実にリアルで、実際の人間同士の会話と遜色ありません。極めて複雑かつ高度な処理を、高速に実現している様がうかがい知れます。
生成AIへの期待が高い状況が続いていますが、しかし決して耳ざわりの良い話ばかりが聞こえてきているわけではありません。たとえば偽情報、いわゆるフェイクニュースの問題は、生成AIの台頭により一層、深刻さを増しているようです。
生成AIのおかげで今や、特別な知識や技術を必要とすることなく、いかにも「それっぽい」偽のテキストや画像、動画を作り出し、容易に公開できるようになりました。Webで接した情報の真偽を適切に判断することは、ますます困難になりつつあります。
Webがかつての輝きを失い、どんどん使い物にならなくなっている……そんな意見を見聞きする機会が、増えている気が私はします。ただし、Webを使いにくい存在へと「改悪」させている要因に挙げられるのは、生成AIを用いたフェイクニュースだけではありません。
たとえば、ダークパターン。これはユーザーを騙し、欺くことを意図したUI全般を意味する言葉ですが、少し前にNHKの「クローズアップ現代」で取り上げられたほど(ダークパターンとは ネットショッピングの危険性と注意点を考える - NHK クローズアップ現代 全記録)、Webにおいて問題視されることが増えています。
個々の問題点や課題はさておき、Webが使い物にならなくなっているとの主張に呼応するかのように、Web本来の魅力や素晴らしさを回復させようとの意見や呼びかけも、目にするようになりました。私のお気に入りは、Michelle Barker氏がお書きになったManifesto for a Humane Webです。同ページの冒頭にある2段落を以下に引用のうえ意訳します:
The web is becoming hostile to humans. Users are tracked and their privacy is routinely violated. Search results are populated with ads. We are constantly spammed by bots. Generative AI threatens to turn previously useful public forums into soulless marketing soup, while sacrificing the livelihoods of the creators that unwittingly power them. Power-hungry data centres demand the burning of fossil fuels, and divert water and energy from communities, emitting tonnes of carbon in order to power this digital junkyard. Users abandon hostile websites that take too long to load on low-powered devices, or are forced to upgrade, as the pile of electronic waste grows.
We need a web by and for humans.
Webは人間にとって、望ましくない存在となりつつあります。ユーザーは追跡され、プライバシーは日常的に侵害されています。検索結果は広告で埋め尽くされています。ボットからは常に、スパム攻撃を受けています。生成AIは、かつて有用だった公共のフォーラムを、知らず知らずのうちにクリエイターの生活を犠牲にしながら、魂のないマーケティング・スープに変えてしまう恐れがあります。電力を大量に消費するデータセンターは、化石燃料の燃焼を求め、水やエネルギーを地域社会から奪い、このデジタルのゴミ捨て場に電力を供給すべく何トンもの炭素を排出しています。ローエンドのデバイスで読み込むには時間のかかりすぎる表示パフォーマンスの悪いWebサイトをユーザーは忌避し、さもなくばデバイスのアップグレードを余儀なくされ、電子廃棄物の山は一層うず高くなります。
私たちには、人間による、人間のためのWebが必要です。
Barker氏の主張にどこまで賛同するかは人それぞれですが、上記の末尾にあるWe need a web by and for humans.
という言葉に私は強く賛同し、また重く受け止めてもいます。Webが誕生して35年あまりが経ちましたが、今ほど「人間による、人間のためのWeb」との意識がWebの作り手に求められる時代は、かつて無かったでしょう。
Webに限った話ではないかもしれませんが、技術の進化と普及に対し、法整備や倫理教育が追いついていないのは明らかだと思います。だからこそ、追いつく(ないし、差が縮まる)までのあいだは、作り手としてWebに携わっている私たちが率先して「人間による、人間のためのWeb」を目指さなくてはならないと私は思います。
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