月へ、惑星間へ広がるインターネット
エグゼクティブ・フェロー 木達 一仁講師を務めるセミナーの自己紹介で触れたことがありますが、私は子供の頃から宇宙開発のファンで、大学を卒業してしばらく宇宙業界で働いたこともあります。50歳を過ぎた今でも宇宙開発への興味・関心は強く、そんな私にとって先日幕張メッセで開催されたInteropの特別企画、Internet x Space Summitに参加したのは自然の成り行きでした。
複数のセッションで共通して聞かれたキーワードの1つが、遅延/途絶耐性ネットワーク(DTN:Delay/Disruption Tolerant Network)です。目下、アポロ計画以来となる有人月面探査計画、アルテミス計画が進行中ですが、いずれ人類が月や火星で長期滞在するとなると、ますますDTNが重要になります。
地球と月の距離は、およそ38万km。光の速さは約30万km/秒ですから、地球と月のあいだで通信を行うのに単純計算しますと、往復で約2.5秒かかります。2.5秒と聞くと、それほど長い時間に聞こえないかもしれませんが、Webページの表示に必要な通信は、1往復では済みません。
月面上にいる宇宙飛行士が、仮にWebにアクセスできたところで、1ページの表示完了まで優に10秒以上は待つことになります。想像しただけでも、ちょっと耐えられそうにない時間です。これが月ではなく火星となると、地球との位置関係で大きく変動するとはいえ、分単位の待ち時間に……それだけ長時間の遅延が避けられない超長距離間で、通信を実現しなくてはなりません。
超長距離のみならず、通信の途絶という別の課題にも対処する必要があり、そこで継続的なネットワーク接続を前提としないDTNが不可欠となるわけです。そしてDTNを実現するための通信プロトコルとして、Bundle Protocol(BP)がすでにRFC 9171として標準化されており、現在はさまざまな実証が進められている段階と伺いました。
こうした領域、いわゆる惑星間インターネット(Interplanetary Internet)の研究の歴史は意外に古く、1998年に遡ります。NASAジェット推進研究所において、「インターネットの父」の1人と称されるVinton Cerf氏が、故Adrian Hooke氏と共に率いたチームで始めた研究がその始まりです。
さて、DTNやBPに関するお話を聞きながら改めて感じたのは相互運用性、またそのための標準化活動の重要性です。人類の活動領域が月や火星へと拡大するのと並行して、それを下支えする通信ネットワークをどう形成するか、国や立場を超えて議論と実証が進められているのを、たいへん頼もしく感じました。
そしてまた、DTNにまつわる技術の、地上での利活用に期待したいとも思いました。宇宙開発のために生まれた技術が、後になって地上での課題解決に役立てられるケースは数多くあります。DTN関連技術もまたそうなって欲しいと思いますし、実際そうした応用、社会実装が進められている事例についても伺いました(スウェーデンでのトナカイの追跡、スロバニアの洞窟内の環境計測など)。
もとより国境のない点、少なくとも及んでいる地政学的リスクの少なさという点で共通している、宇宙とインターネット。両者を今後どれだけうまく活用していけるかが、人類文明の持続可能性にとって鍵であると私は考えています。総じて、その想いを一層強く抱くことができた、Internet x Space Summitでありました。
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