紙とペンから始めるデザイン調査
ユーザエクスペリエンス部 部長 潮田 浩2011年の4月から8月までの約3カ月間、専修大学のネットワーク情報学部3年生向けに「特殊演習:デザインサーベイ」という講義が開講されました。講義内容の詳細は後述いたしますが、今回、筆者がこの講義の講師を担当する機会をいただいたため、本コラムでは、その講義における一連の取り組みについてご紹介します。もともと、弊社スタッフが2009年にアメリカのサンディエゴで開催されたHCII2009に参加した際に、専修大学ネットワーク情報学部の上平崇仁准教授とお会いしたことをきっかけに、今回の講義のお話をいただきました。弊社としても、Webやアプリケーションのデザインにおいて、ユーザー中心設計の考え方を広く根付かせていくことの必要性を感じていたため、非常によい機会だと思い、快諾させていただきました。
デザインサーベイとは?
「デザインサーベイ」の「サーベイ=survey」とは「調査」を意味しています。「デザインのための調査」と言い換えた方がわかりやすいかもしれません。簡単にご説明すると、プロダクトデザインにおいて、その使用者であるユーザーのニーズ・ウォンツに応え、かつ、高いUXを提供するために、どのようなことを調査で明らかにして、そのデータをどのようにデザインに反映させていくべきかについて、基本的な考え方や方法論を習得してもらうための授業、ということになります。したがって、「デザインすること」よりも「調査すること」がメインのテーマとなります。この講義では、学生にそれらを「頭」だけではなく「体」で学んでもらうために、学生4〜5名をグループの単位として、グループごとに「隣のグループ」をターゲットユーザーとして、Webサイトをデザインするための調査を実際に行ってもらいました。デザインテーマは、どのユーザー(グループ)でも大抵は利用したことのあり、かつ、様々な利用シーンやニーズが存在するものがよいと考え、「飲食店検索Webサイト」(PC版およびスマートフォン版)としました。
ユーザーを知ってデザインすることを考える
「調査」がメインテーマの演習とはいえ、やはりそれはデザインのための手段であるという観点から、以下のように「調査」から「デザイン」までの一連のプロセスを学生に実践してもらいながら、その中で調査の意義を考えてもらいました。
- ユーザー調査
- ユーザーモデリング
- ユーザーモデルに基づいたデザイン
- ユーザビリティ評価(ユーザビリティテスト)
- ※ これらのプロセスの一部に関しては、弊社が日本マイクロソフト株式会社と共同で行っているユーザーエクスペリエンスデザインのワークショップに関するコラムに説明が掲載されていますので、詳しくはそちらをご覧ください。
ユーザー調査のフェーズでは、飲食店サイトを利用するユーザーのニーズや利用実態を知るために、グループごとに「隣のグループのユーザーについて明らかにしたいこと」を考えてもらい、実際にグループインタビューや観察調査を行ってもらいました。調査のフェーズでは、どのようなインタビューや観察を行うかによって、どれだけユーザーのことを理解できるかが大きく変わってきます。どのグループも頭を悩ませていたようですが、グループによってはインタビューだけではなく、フリーディスカッションを取り入れて、そのディスカッションの内容にあわせて柔軟にインタビューを行っていくなどの工夫も見られました。ユーザーを知ること一つにしても、様々な調査計画が試行錯誤のうえで生まれていたのが興味深いところでした。
また、ユーザビリティ評価のフェーズでは、ユーザーモデルに基づいてデザインペーパープロトタイプ(紙で作ったWebサイトの試作品)を制作したうえで、ユーザーにそれを利用してもらうことによってユーザビリティ上の問題点を発見するユーザビリティテストを実施してもらいました。紙のプロトタイプとはいえ、画面遷移もインターフェースもかなり作り込まれたものになっており、それを操作するユーザーの行動や発話から、デザインの段階では気付くことのできなかった問題をいくつも発見できたようでした。
演習の最後には、各グループで制作したデザインを、調査の結果を踏まえながら発表してもらいました。どのグループも「このユーザーは○○を基準にお店を選ぶ」「学生の場合は…だから」「外出先では…」など、ユーザーのニーズや利用状況がデザイン意図として組み込まれており、この講義で理解してほしかった内容が十分に理解されていることをうかがい知ることができました。
手を動かしながら「なぜ」「なに」を考える
これらの演習を行うにあたっては、私から基本的な考え方とアプトプットゴールはだけは学生に示しましたが、あとは紙とペンとホワイトボードだけを用意して、ほとんどの時間を議論と制作をしてもらうために充ててもらいました。そのようにした理由は、「手を動かしながら考える」ということを重視したかったからです。UXデザインにおけるユーザー調査やユーザビリティテストなどの各調査プロセスは、プロダクトのUXを向上させるために非常に有効であることが知られています。しかしながら、これらのメソッドをデザインのプロセスとして組み込めば必ずしもUXが向上するというものではありません。実際、調査を行った結果、まったく使い物にならないデータが残ってしまうケースは多々あります。なぜそのようなことが起こってしまうのでしょうか。その理由は、それらの手法やプロセスの形式にとらわれてしまい、「なぜ、何のために調査を行うのか?」「その目的のために、調査でなにを明らかにしなければならないのか」ということが十分に考えられていないことが一番の原因なのではないかと私は考えています。しかし、これらのことは頭でいくら考えても実感は湧きません。まず、実際の課題に直面しながらやみくもに手を動かしてみて、「なぜ、何のために、この作業を行っているのだろう?」をしっかりと疑問に思うことを経験する必要があるのです。また、実際に手を動かした結果「調査したけど使えないデータが残った」「もっと○○について調べればよかった」などの失敗体験をすることも非常に重要です。おそらく、今回の演習の中で「失敗の調査」を行ってしまったグループもたくさんあったのではないかと思います。しかし、失敗したからこそ、後のデザインプロセスにおいて「何のために」「何を明らかにすべきだった」をより理解できたのではないかと思います。このトライ&エラーの経験が、UXデザインの本質を捉えていくために必要不可欠であると私は考えています。UXの領域に少しでも興味をお持ちの方は、まず紙とペンを用意して、手を動かすことから始めてみてください。
UXは専門家だけのものではない
このデザインサーベイ演習を受講したすべての学生が、プロダクトデザインに関わる道に進むとは限りません。ましてや、私のようなUXデザインやリサーチの専門家になる人は一人もいないかもしれません。しかし、UXデザインの本質は「誰のために作るのか?そのために、なにを知ればよいのか?」ということです。これは、デザインに限ったことではなく、プレゼンテーション、教育、セールスなど、あらゆるコミュニケーションの場で必要となる基本的な考え方です。そのような意味で、UXを学ぶということは、調査や評価のメソッドに関する専門的な知識を習得することにとどまらず、あらゆる分野で通用しうる教養を身に着けることでもあると私は考えています。この講義で何時間にもわたって紙とペンを持って試行錯誤した経験が、学生たちの将来の貴重な財産になってくれるものと信じています。
最後になりますが、本講義を行うにあたって、学生指導から演習のコーディネートまで、精力的にご支援いただいた専修大学上平准教授には、深く感謝の意を申し上げます。
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