追悼 Molly Holzschlag氏
エグゼクティブ・フェロー 木達 一仁長年にわたりWebデザインやWeb開発、アクセシビリティの分野で活躍され、また個人的に親交のあったMolly Holzschlag氏が先日、お亡くなりになりました(Tucson's Molly Holzschlag, known as 'the fairy godmother of the web,' dead at 60 | Obituary)。60歳という享年を踏まえますと、一層悲しく残念に思います。
たとえ彼女の名前を聞いたことがなくとも、Webサイトの構築や運用に携わる立場であれば、誰しも彼女の功績に負うところが少なからずあると、私は思います。常識となって久しく、それゆえ話題に上ることも無くなりましたが、Web標準への準拠というムーブメントが業界に根付いたのは、他ならぬ彼女のおかげと信じるからです。
Jeffrey Zeldman氏の後任としてWeb Standards Project(WaSP)を率いた彼女は、かつてMicrosoft社のBill Gates氏と面会し、Web標準への準拠を力強く働きかけました。その詳細はThe Web Behind with Molly Holzschlag | The Web Aheadや、Internet Archiveに残された彼女のBlog記事、Conversation with Bill Gates about IE8 and Microsoft Transparencyで読むことができます。
当時、MicrosoftはすでにWeb標準準拠へ舵を切り、その端緒としてInternet Explorer(IE)7をリリースしていました。しかし、その将来には依然不透明なところがあり、後継バージョンのIE8では、Web標準よりもIEに固有の互換性を重視した実装がなされる懸念がありました。
しかし、コラム「IEの終焉に寄せて」でも記した通り、その後IE8においてWeb標準を重視した実装が採用されたのは、ご存知の通り。高いシェアを誇っていたIEが明確にWeb標準に軸足を置いたことで、以後Webの相互運用性は飛躍的に高まり、同時にWeb標準はますます意義深い存在となったのです。
その背景にはHolzschlag氏のみならず、多くのWaSPメンバーやWeb標準の賛同者らの活動がありました。しかし今思い返せば、Holzschlag氏のGates氏に対して行った直訴がもたらした影響は、決して小さくなかったように私は思います。先に「誰しも彼女の功績に負うところが少なからずある」と記したのは、そのためです。
かつてのブラウザ戦争をよく知る皆様も、そうでない皆様も、この機会にぜひWeb標準への準拠が当たり前ではなかった時代に思いを馳せていただきたいと思います。その時代に終止符を打たんとする当時のムーブメントがなければ、いまだにブラウザごとに異なるコードを書いたり、あるいはブラウザ間の相互運用性の欠如をCSSハックのような手法で補うことを、制作者は余儀なくされていたかもしれません。
ちなみに私がHolzschlag氏とはじめて会ったのは、WWW2005が幕張で開催されるのに合わせて彼女が来日した、2005年5月のこと。そのとき私は、彼女からWeb標準への情熱と覚悟を授かったように思います。以後、WaSPにメンバーの一員として活動を共にしたり、あるいは彼女の著書である『Zen of CSS Design, The: Visual Enlightenment for the Web』の日本語訳『CSS Zen Garden Book』の出版に携わるなどしてきたのは、コラム「Web標準に取り組み続けた3年間」で総括したとおりです。
近年は闘病などで公の場で講演される機会に乏しく、Holzschlag氏が話す姿をリアルタイムで目にしたのは、昨年5月のイベント「An Evening with Molly Holzschlag」にオンライン参加したときが最後になってしまいました。これからも私はHolzschlag氏の想いを継ぎ、微力ながらもオープンかつアクセシブルで相互運用性の高いWebの実現に取り組み続けたいと思います。
最後に、ミツエーリンクスVideocastingのいちコンテンツとして制作したインタビューシリーズ「Meet the Professionals」で、Holzschlag氏と対談を行った回を以下に共有します。なにせ17年も前に収録した映像で、たどたどしく英語を話す当時の私の姿は赤面の至りですが、それより彼女のWeb標準に対する情熱に触れていただけたら幸いです。
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