「Ladybird」という名の新たなる希望
エグゼクティブ・フェロー 木達 一仁私は往年の『スター・ウォーズ』ファンを自認していますが、はじめて鑑賞したエピソード4には「A New Hope」、日本語に訳すと「新たなる希望」という副題が付けられています。
先週のことですが、その副題を強く想起させるニュースに接しました。まったく新しいWebブラウザをゼロから開発する非営利団体、Ladybird Browser Initiativeが設立された、というニュースです。
このニュース(The Ladybird Browser Initiative)は、日本国内でも複数のメディアで取り上げられましたから、すでにご存知の方が少なくないかもしれません。
- Google広告費の影響を受けない新たなWebブラウザが必要だと、スクラッチからWebブラウザを開発する「Ladybird Browser Initiative」、元GitHub創業者らが立ち上げ - Publickey
- Googleから金銭を受け取らずブラウザエンジンも自前でゼロから開発するあらゆる束縛から解放された真のオープンウェブブラウザ「Ladybird」がGitHub創設者から1億6000万円超の資金を調達 - GIGAZINE
- オープンソースのWebブラウザー「Ladybird」開発のための団体が発足 | TECH+(テックプラス)
なぜこのニュースが私に「新たなる希望」を思い起こさせたかは、2018年12月に記したコラム「進むレンダリングエンジンの寡占化に想う」をお読みいただければ、お分かりでしょう。もはや減ることはあっても増えることはない、などと諦めてきたWebブラウザのエンジンが、新たに誕生しつつあるというのですから。
Webが普及してきた歴史は、Webの相互運用性を維持・向上させるべく、さまざまなステークホルダーが奮闘し続けてきた歴史でもあります。そのなかで、Webブラウザのエンジンにおける選択肢の存在は、極めて重要な役割を果たしてきたと理解しています。
ゆえに、たった1種類でもエンジンの選択肢が増えるのは、Webの健全な発展に必要かつ有意義なことと確信しています。加えて注目に値するのは、時を同じくして公開されたWhy we need Ladybirdという記事です。かかる開発費に関してGoogleからの、そしてまた広告モデルからの決別を高らかに謳っており、その印象的な一文を以下に引用します。
The world needs a browser that puts people first, contributes to open standards using a brand new engine, and is free from advertising’s influence.
ユーザーを第一に考え、まったく新しいエンジンでオープンスタンダードに貢献する、広告の影響を受けることのないブラウザを、世界は必要としています。
今回の発表が、今年3月のコラム「EU圏で迎えたブラウザ競争の新たな局面」や、先月公開したミツエーテックラジオの#51「EUデジタル市場法」で紹介してきた動きと、どこかしら関連して映るのは私だけではないでしょう。一連の動向は、デジタルの世界で損なわれつつあったバランスを取り戻すための一種の揺り戻し、カウンターにも映ります。
ともあれ、LinuxとmacOS向けにLadybirdブラウザのアルファ版がリリースされるのは、2年後の2026年夏の予定となっています。なんとも先の話に聞こえてしまいますが、高度に複雑化したWebのブラウザをスクラッチで開発するのは、それだけ時間を要することなのでしょう。もっとも、現時点においてLadybirdブラウザは影も形もないわけではなく、
We can already do some of our daily browsing with Ladybird, like managing GitHub issues and pull requests, and commenting on Hacker News.
GitHubでのイシューやプルリクエストの管理、Hacker Newsへのコメントなど、日々のブラウジングの一部をすでにLadybirdブラウザで実現しています。
とありますから、現実味の十分ある「新たなる希望」と受け止めて良さそうです。そして将来、Ladybirdブラウザが完成しWindowsや他のOS向けにもリリースされたとして、現在Chromiumベースで作られているブラウザ、具体的にはMicrosoft EdgeやVivaldiといったWebブラウザが果たしてエンジンの「乗り換え」を行うのかなど、興味は尽きません。
Ladybird Browser Initiativeの今後に、注目したいと思います。
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