知的資本とバランススコアカード:Webコンテンツ企画への活用
プランニンググループ プランナー 棚橋 弘季今回のコラムでは、知的資本、バランススコアカードといった、企業の持続的成長(サステナビリティ)という視点から注目を浴びるキーワードと、企業Webサイト上での情報開示の関係性について取り上げてみたいと思います。知的資本、バランススコアカードといった言葉は、企業経営に携わる方にとっては耳にする機会が多いとは思いますが、逆に、WebマスターをはじめとするWebサイト運用にたずさわるご担当者様には耳慣れない言葉かもしれません。そもそも、こうした経営と現場における乖離をなくし、企業内に戦略の浸透をさせることもバランススコアカード導入の1つであることは、以前のコラム(バランススコアカード:Web活用の有効性)で取り上げさせていただきましたが、今回は、実際のお客様の現場でWeb戦略立案、プランニングを担当させていただいている私から、あらためてこれまでとは違った視点での活用方法をご紹介できればと思います。
何故、いま、知的資本、バランススコアカードなのか?
知的資本やバランススコアカードといった言葉が取り沙汰される背景には、ビジネス環境の変化が激しい現代において企業の持続可能性をどう評価するのかといった課題があるかと思います。伝統的に企業の価値指標として使われてきた財務諸表などの財務会計システムは、そもそも有形資産を元に財務分析を行うものです。また、財務指標の数値は、企業経営の結果であり、成果であり、あくまで事後的な指標です。財務指標からは将来を読み取ることができないのです。
現在の情報社会における企業競争力の要因は、有形資産だけではなく、技術力、ブランド、顧客関係性などの無形資産であり、それらを生み出す企業の知的資本だと言われています。しかし、企業は知的資本の活用により、価値創造を行うことを必要とされているにもかかわらず、伝統的な財務指標ではそうした企業活動のプロセスを分析、評価することができません。分析、評価のための指標が存在しないということは、企業活動の重要なプロセスがなかばブラックボックス状態になってしまっているということであり、将来の企業価値を生み出すための改善、イノベーションが非常に困難であることを意味します。
戦略を明確にし、実行可能にするバランススコアカード
そうした背景において、「財務の視点」、「顧客の視点」、「社内業務プロセスの視点」、「学習と成長の視点」の4つの視点で業績評価を行えるようにしたのがバランススコアカードです。評価できないものはコントロールすることができません。バランススコアカードでは、これまで明確な評価指標のなかった「顧客の視点」、「社内業務プロセスの視点」、「学習と成長の視点」にも、企業活動の結果としての財務指標(「財務の視点」)にリンケージする形で、業績指標を設定します。
バランススコアカードによる業績評価指標の設定において重視されるのは、それぞれの指標が関連しあい、最終的な財務的成果を生み出すよう設定されることです。バランススコアカードが真にバランスのとれた業績指標にするためには、まずは企業としての全体的な整合性のとれた戦略が必要なのです。バランススコアカードは企業の戦略を測定、評価するものであり、戦略はバランススコアカードによって明確なアクションプランへとの変換でき、かつ、実行のモニタリングが可能になるのです。このことを理解せず、明確な戦略策定を行わないまま、バランススコアカードの活用を実行しようとすれば、社内に無意味な測定指標とそれにともなう管理業務ばかりが増えてしまい、業績改善どころか、反対の結果が出てしまうこともあります。
知的資本とバランススコアカードの関係性
企業戦略に基づき、 「財務の視点」、「顧客の視点」、「社内業務プロセスの視点」、「学習と成長の視点」の4つの視点で、業績評価を行うバランススコアカードですが、この4つの視点は下図のようにそれぞれ財務資本と3つの知的資本と関連付けることが可能です。
自社の資本を有効活用し、市場に対する企業競争力を高めることは、財務資本でも知的資本でもおなじです。上図から読み取れることは、顧客関係性やブランド価値(ブランド・エクイティティ)、社内プロセス、ナレッジマネジメントや技術力などの知的資本は、ビジョンに基づく戦略に従い、バランススコアカードの4つの視点の業績評価指標によりモニタリングすることで、全社的なバランスのとれた戦略実行が可能になるということです。
次に、このバランススコアカードと知的資本の関係性から、現在、Webサイトでどのような企業情報の公開が求められているかについて解説したいと思います。
Webサイトが企業の縮図になっているか
現在のような情報社会において、企業が情報を公開せず、隠してしまうことは、企業価値のマイナスにはなりますが、プラスになることはほとんどありません。Webサイトは「企業の縮図」などと言われますが、実際、多くの企業サイトはまだまだ商品・サービスのカタログのような情報に、企業情報やIR情報、採用情報を加えただけのものが多く、そこから、その企業の価値や魅力を読み取ることができないものばかりです。
例えば、企業情報のインデックスページ。先日、企業情報ページのベストプラクティスを見つけようと、いくつかの企業の企業情報ページを見てみましたが、どのインデックスページもそこから企業の存在価値が伝わってくるものではありませんでした。企業情報のインデックスページには、大別すると2つのパターンがあり、会社概要のデータだけが示されるページと複数の企業情報ページへのリンクを並べただけのページでした。インデックスページという意味では、後者の内容は決して間違ったものではないとは思います。しかし、企業情報のインデックスは、ユーザーにとっては、企業に関する情報の扉となるページです。そうしたユーザーに対して、一目で自分たちがどんな会社なのかわかるようしておくことは重要なことだと思います。多くの人が自社サイトのトップページにはひどく気を使うのに、企業情報や製品情報などの各インデックスページにはそれほど気を使わないのは残念なことです。
知的資本に関する情報をWebサイトに公開する
Webサイトにおいては、個々のドキュメント(ページ)ごとの情報の内容はもちろん、サイト全体での情報の組織的な見せ方も重要です。Webサイトを本当に「企業の縮図」としようとするなら、サイト単位での情報構造、組織的な情報設計を行う際に、企業そのものをマネジメントするのと同様の発想法が必要になるでしょう。
ここで役に立つのがバランススコアカードの考え方です。前ページで見たとおり、バランススコアカードは全社的な戦略に基づき、戦略的な業績評価指標を設定し、モニタリングするツールです。バランススコアカードによる業績評価指標は、4つの視点の指標がそれぞれにリンクした形で設定されます。また、バランススコアカードの4つの視点は、財務資本と3つに分類した知的資本に関連性があるため、バランスコアカードを利用することで、企業のマネジメント層は、自社の財務資本および知的資本の戦略に基づく有効活用が可能となります。
これを踏まえると、「企業の縮図」であるWebサイトでどんな情報を公開するかを戦略的に考える際、バランススコアカード+知的資本のコンセプトは非常に有効です。具体的には、下図のように各コンテンツ、情報はどの企業資本に該当するかを考え、さらにそれが現状の企業戦略に見合っているかを判断することが可能になります。
企業の持続可能性を考慮したコミュニケーションを
一般的な企業のWebサイトは、上図の左側の製品情報、企業情報、IR情報が中心となっています。これは情報社会が本格化する以前のマーケティングの考え方の名残と言えるのではないでしょうか。今回の提案は、こうした情報にプラスする形で、自社の知的資本にまつわる情報開示を積極的に行っていきましょうというものです。
中には、こうした情報開示が本当に意味のあることかと疑問に思われる方もいるでしょう。しかし、ユーザーの側に立って考えてみてください。企業の価値は、財務資本および知的資本から生み出されます。これを企業の側からではなく、顧客をはじめとするステークホルダーの側から見ると、企業が提供すると約束した価値が本当に額面どおりのものかを判断する際に、その企業の財務資本や知的資本に関する情報が有効であることがわかります。実際、株主や投資家は、財務諸表やその他財務情報を手がかりに投資を判断します。知的資本に関しても同様なのです。顧客はいまや製品そのものだけでなく、その背景にある企業そのものの価値や考え方も含めて購買の判断をします。とりわけB2Bのビジネスにおいては、その傾向は強くあります。B2Cにおいても、食品などの生産地のトレーサビリティーが重視されるように、顧客は実際の製品のみならず、製品の背後にある情報にも目を向けるようになっています。
企業活動は、顧客をはじめとするステークホルダーとのコミュニケーションが重要な課題です。企業の持続可能性が問われる時代、そのコミュニケーションの内容が刻々と変わってきている気がします。
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